01
『まったく…なぜこんなところで……様、起きてください。…G様』
誰かが呼んでいる。
深い眠りから覚醒しつつある頭に、少し呆れたような、掠れた声が響いた。
聞き慣れた声だ。声はともかく、この口調にはなかなか慣れなかった。
もう、2年も経ったのか…こいつが俺の右腕になって。
自分を起こそうとする声を聞きながら、Gはぼんやりと思い出す。
そんなに経てば、さすがに慣れるか。最初は、一生慣れないと思ったものだが…。
『G様…。こんなところ……お風邪を召されますよ…』
いや、起きているんだ。起きているんだが、体がまだ眠りから覚めなくて、目も開かない。
あ…? 前にも、こんなことがあったような……。
《起きやがれこのガキがっ!》
『痛ッ、ってぇっ!』
衝撃と同時に側頭部に痛みが走り、Gの思考は一瞬で現世に引き戻された。
じんじんと痛む頭を押さえる。床に座り、壁にもたれていたはずだったのが、眠っているうちに体が傾いてしまったらしい。
頭をぶつけたと思われる脱水機を見て、やっと気づく。ここはランドリールームだ。
『やっと起きられましたね』
降ってきた声に顔を上げると、リナルドが腰に手をあてて立っていた。
黒髪は左側だけ後ろに流して固めてあり、いつものスーツ姿で、灰色の瞳は少しだけ困ったように細められている。
Gは肩をごきばきと鳴らしながら立ち上がり、尻を軽く払う。
くつくつと笑い声を上げるGを、彼の右腕は怪訝そうに見つめた。
『どうされました?』
『いや、デジャヴ…でもないか』
『?』
首を傾げるリナルドを見て、Gは口を手で覆って笑う。
髪型も、服装も、表情までもあの時とは違う。
けれど、既視感ではなく確かに起こったのだ。
今とはまるで違う、別人のようなこの男…リナルド・ダンジェリに初めて会ったあの日に。
Absolutelyと言うまでの過程
4年前……
『変わらないな。この場所は…』
北イタリアの、ある街だった。隣街は交易がさかんで、人の多い街だが、そのせいかこの街は寂れている。
Gが立っているのはその寂れた街にある古びた酒場の前だ。
否、酒場と思われる看板がかかっているだけで、見た目はただの空き店舗だ。それも相当古く、廃屋に近い。
Gは帽子を被り直し、へたりと倒れた襟を立てる。変えようとは思わないが、自分の髪の色と刺青は目立つ。
扉に向かって伸ばしかけた手を、ぴたりと止める。
覚悟は済ましてからきたはずなのに、今になって迷う。
この扉の向こうにいるのは、裏の世界では有名な予言者だ。
以前一度だけ、自警団を設立して間もないときに出会い、世話になった。それから会ったのは2回だけだが、信用できる存在だとGは思っている。
『二度と、予言の世話にはならないと…決めていたんだがな』
唇を噛む。だがこうするしかない。
早くこの問題を解決させないと、ボンゴレは終わってしまう。
『くそっ』
舌打ちして、乱暴にドアを押し開けた。
建てつけの悪いドアは、力を入れて押すと勢いよくバタン!と開いた。ネジが吹っ飛んだ。
ほこりが舞い上がり、室内にはすえた臭いが立ち込めていた。
Gは眉を寄せた。汚いなんてものじゃない。
『あいつ…掃除だけは徹底していたはずだが……。おい、リナ!いないのか!?』
『あー……。うっせぇなぁ…』
声を張り上げると、部屋の奥でもぞりと何かが動き、Gは身構えた。
バーカウンターの上で眠っていたのか、男がだるそうに体を起こした。
手足の長い男だった。細身のシャツとパンツはくたびれていて、いかにも適当に切ったと思われる、ざんばらな黒髪はまるで浮浪者のようだった。
だがどこか只者でない雰囲気を感じさせる男は、がしがしと頭をかいて、苛立ったようにGを見た。
『…ッ』
思わず息を呑んだ。
顔を見ると、まだ若い男だった。前髪の間から覗いた灰色の瞳が、まっすぐにGを見据えた。
『あぁ? 誰だてめぇ?』
長めのぼさぼさの黒髪、切れ長の灰色の瞳。すっと伸びた鼻筋に薄い唇、そして尖った顎。
言葉を失うほど、その男は美しい顔をしていたのだ。
(これが、4年前の邂逅)
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