10万企画・記念小説 | ナノ


2years later side_G


『お前の右腕を決めた』


 唐突に言われた言葉の意味を取り損ねて、Gはぽかんと口を開けた。

 ペンを持つ自分の右手に目をやり、それからデスクを挟んで向かい側に立つ幼馴染みを見て、やっと理解した。


『俺の、右腕?』


 確認するように言葉にすると、ジョットは顔中に笑みを浮かべて頷いた。


『ああ。これ以上ない人材だ。お前の右腕に相応しい、まさに条件ぴったりというやつだな! まだ2年目なんだが年は…』

『待て! 待て待て待ちやがれジョット!』


 慌ててペンを持ったままの右手を振って、Gはジョットの言葉を遮る。勢いでインクが飛んだが、ジョットは笑顔のまま華麗に避けた。

 それを見て慌ててペンを置く。動転していた。本部にいるというのにジョットのことを名前で呼んでしまったこともそうだ。

 Gは唇を引き結び、赤い瞳でジョットを睨みつけた。


『なんで俺の右腕をお前が勝手に決める? 聞いてねぇぞ』

『当然だ。今初めて言ったんだからな』


 けろっと返されて頭に血が昇ったが、奥歯を噛み締めて堪える。

 ジョットは持っていた資料をGのデスクの上に置いた。


『前々から考えていたんだが、やっと適任だと思える人材を見つけたんだ。異議は聞かない。これからは仕事の管理は右腕に半分任せろ。俺がお前に対してそうしているようにな』


 最後に言われた言葉に、喉まで出かかっていた怒号を飲み込む。柔らかく微笑まれて、つい頷いてしまいそうになるが、頭を振って堪えた。


『お前があまりにも部下に仕事を任せないから、自分達に信用がないのかという声が出ている。上に立つ者こそ率先して働くべきだというお前の主張は認めているし尊敬するが、それで部下を不安にさせてどうする? バランスよくこなすためにも右腕は必要だ。そう俺が判断した』


 畳み掛けるように言われて、Gは押し黙る。ジョットの言に思い当たるところはあるし、正しい判断だと認めざるを得ない。

 Gは短く息を吐いて、デスクに置かれた書類に手を伸ばす。


『わかった。…だが俺に何も言わないで決めるこたねぇだろう。さっきはスルーしたが聞こえたぞ。まだ2年目だって?』


 つまりボンゴレに入って丸1年の新人じゃねぇか、と呟くと、ジョットは心配するなと言って胸を張った。


『俺が選んだ適任者だ。お前も絶対気に入るぞ』

『本当かよ』

『もちろん。それでな、今日が最初の出勤だと言って、ここに呼んである』


 もうすぐ来るんじゃないかな、と懐中時計を取り出して言うジョットに、Gは目を見開いた。

 異議は認めないというのは本気だったらしい。苦笑して、持っていた資料をデスクに置く。

 2年目だという右腕の資料を見る気はなくした。本人が来るというのなら、実際に見て判断しよう。

 尤も、ジョットがここまで気に入っているのだから、間違いはないだろうと思っている。ここ1年に入った新人の評判もよかったと記憶していた。


『俺に右腕ねぇ…』


 呟いたとき、控えめなノック音が鳴った。Gは顔を上げ、ジョットはドアの方を振り返る。


『入れ』


 声を上げると、一拍置いて静かにドアが開き、男が入ってきた。

 すらりとした手足のながい男は、細身のスーツに身を包み、黒髪を左半分だけ後ろに流して固めてある。

 切れ長の灰色の瞳を笑みの形に柔らかく細めた男は、デスクから数歩手前で足を止めると、完璧な礼を取った。


『お久しぶりに存じます、ボス。そしてG様におかれましては初めてお目にかかります』

『ダンジェリ! よく来たな!』


 ダンジェリと呼ばれた男に、ジョットは笑顔を向けて歩み寄る。礼を取るダンジェリと、彼に声をかけるジョットを、Gは僅かに眉を寄せて見る。

 違和感があった。嫌な感じのものではないが、食べたものが不味くはないが予想と180度違う味だったかのような、どこか納得のいかない違和感だ。


『では後は頼むぞダンジェリ、Gをよろしくな』

『お任せください』

『お、おいプリーモ!』


 はっと気づいて呼び止めたが、すでにジョットは廊下に出て、ドアがぱたんと閉まった。

 突然用意された右腕と執務室に残され、Gは軽く息を吐いて椅子に凭れかかる。

 とりあえずデスクの前まで来るように促すと、ダンジェリは静かにGの目の前まで移動した。笑みを絶やさない顔が近くなると、腹の中の違和感が増した。


『突然呼びつけて悪かったな。っと、ダンジェリだったか?』

『はっ。リナルド・ダンジェリと申します』


 Gは沈黙した。

 たっぷり10秒かけて、目の前に立つ男の顔を凝視する。

 頭のどこか、1%にも満たない容量だったが確信はあった。

 だが残りの99%がそれを完全に否定した。否定したがったのだ。





 理由はただひとつ、【似合わない】。





『G様っ、何を!? …ッ!』


 慌てたような声に我に返ったとき、自分は立ち上がって手を伸ばしていた。目の前の男の、固められた黒髪に。

 後ろに流されたリナルドの黒髪を引っ掴み、ぐしゃぐしゃと掻き乱す。整髪料の付着した髪が、絡まって数本抜けたが気にしない。

 腹の中にあった違和感が、苛立ちに変わった。なんだこの髪。なんだその笑顔。


『痛ってぇっつってんだろ! 離せこの糞ガ…ッ』


 顔を顰めて手を払ってきたリナルドと目が合う。灰色の瞳がしまった、と言わんばかりに見開かれたがもう遅い。

 やっぱり、お前か…。

 ふいに脱力した。目の前のリナルドと、2年前に会ったっきりのリナルドが、ようやく同一人物としてGの中で繋がった。


『お前、なんでここにいる?』

『はぁ、この度G様の右腕に任命されましたので、そのご挨拶に』


 そういうことじゃねぇよと言おうとして顔を上げると、リナルドの髪型はほとんど元に戻っていた。

 きっちりとした髪型、仕立ての良いスーツ、磨かれた靴に、完璧な微笑。

 2年前からは考えられない装いに、Gは目を眇めた。


『本気で、言ってるのか?』


 リナルドがマフィア…というより権力を持つ貴族や組織を嫌っているのは知っている。

 ボンゴレについてはそう思っていない(と信じたい)はずだが、それでもリナルドが自発的にボンゴレに入り、しかも自分の右腕として働くということが、どうにもGには信じられなかった。

 2年ぶりの再会は懐かしく、嬉しくもあった。だが本気でボンゴレでやっていこうという気持ちのない人間を置きたくはない。たとえ知り合いであろうとも。





 俺が、喉から手が出るほど渇望した男であろうとも…。





『1年と2か月です、G様』


 柔らかい、だが真剣な声音にはっとする。灰色の瞳が、真っ直ぐGを射抜いていた。

 口調も、外見も、よく似た他人めいて感じていたが、やはりこの瞳はリナルドだ。

 その強い視線には、呼吸すら忘れさせられる。


『1年と2か月で、ここまでやって参りました。それで、本気だと証明できるはずです』


 リナルドは、Gに何も言わずにボンゴレに入った。新人として始め、Gの名前を一度も出さず、功績を上げ、ジョットの目に留まり、今本部のGの執務室にいる。


『俺は、お前が欲しかった』

『はい』

『ボスが選び、俺が望んだ。だからお前以上に俺の右腕に相応しい者はいない』

『はい』


 Gは顎を上げてリナルドを見据えた。腹の中にいろんな感情が渦巻いていた。

 驚きも、苛立ちも、困惑もあった。

 だが、何よりも愉悦の感情が大きかった。


『今ここで誓え。お前の【能力】を死ぬまで使わないと。お前は少しでも長く生きて、俺の右腕としてボンゴレを支えろ。それができねぇと言うのならこの話はなしだ』


 リナルドが目を見開いた。

 予言者の能力は、ボンゴレに繁栄を齎すかもしれないが、必ずしもそうとは限らない。

 だがリナルド自身が持つ力は、必ずボンゴレのためになる。誰がなんと言おうと、それだけは確信できた。


『どうした! 返事をしねぇか!』


 呆けたように立っているリナルドに、Gは怒鳴る。

 するとリナルドは今まで見せたことのない、へにゃりとした笑みを浮かべかと思ったら、すっと表情を引き締めた。





 灰色の瞳をゆっくりと伏せたリナルドは、ボンゴレの右腕の右腕に相応しい、完璧な礼を取ったのち、その繊月のような唇をゆっくりと動かした。








Absolutelyと言うまでの過程








(これが、2年前の再会)





 ……fin





* * *





ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
エピローグがあと1話ある予定ですが、Absolutelyと言うまでの過程はここで完結です。
オリキャラの話にお付き合いくださり、本当にありがとうございました。



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