10万企画・記念小説 | ナノ


10.R


 初めて見た、未来だか過去だかの内容は、まったく覚えていなかった。

 リリアーナも、祖母も、その父も、同じだったらしい。高熱が出て、見た内容を忘れたのだと聞いていた。

 それから、素手で食べ物に触れるのを禁じられたが、危機感など感じていなかった6才の俺は、ベッドから起きられるようになって少し経つと、早々にそれを破った。

 籠の中にあったまだ青い林檎を、素手で掴んで齧り、そして…



 昨日見つけたばかりの捨て猫が、酔っ払ったチンピラに射殺されるのを見た。

 

 悲鳴を上げ、俺はその猫を探した。猫は変わらず昨日と同じ場所にいて、安堵してそいつを連れて帰った。



 五日後、その場所で子どもが酔っ払ったチンピラに射殺された。





 俺が、この能力を憎んだ瞬間だった。





* * *





 用意してやった馬に乗って、赤い髪のガキは去っていった。

 リリアーナの墓に一緒に行かないかと言われたが、手を振って断った。男と母親の墓参りなんて、嫌だ。特に理由はないが。

 日が落ち、すっかり暗くなった店の中で、リナルドはタバコに火をつける。

 バーカウンターに寝転んで、紫煙を吐き出す。ゆるゆると中空に漂う煙に比例して、疲れがじわじわと体にのし掛かってきた。

 嵐のような一日だった。

 久しぶりに激昂し、戦闘をし、予言をした。

 自分の命がどれだけ削られたかなんてわからない。

 だが、どれだけ削られようと後悔はしなかっただろう。


『ボンゴレ…か』


 呟くと、紫煙が揺れた。情報として知っていた、ボンゴレの若き創設者・ボンゴレプリーモ。

 自警団から始まったとのたまっていながらも、結局マフィアは己の力を主張するためだけに街を支配し、住民のことなど考えていない。

 そんな、畜生以下の存在だと思っていた。


【あいつがぶれずにボスの座にいることが、圧政や悪政、私欲に走る権力者から住民を守ることに繋がる! 俺はそう信じてる!】


 思わず笑い出したくなるほど、まっすぐな信頼。

 どんな業でも背負うと言い切った、赤い炎の覚悟。


『こういうのを、籠絡されたって言うのか…』


 この俺が、ガキに。マフィアに。

 胸の奥がざわめいた。言葉にすると否定したくなる話だが、リナルドはそれをしない。

 自身でもわかっていた。あの赤い髪のガキに、好感を持ってしまった。


【じゃあな】

【あぁ…。……なぁ、リナルド】

【あ?】


 馬上から遠慮がちに降ってきた声に、リナルドは首を傾げた。

 Gはしばらく何か言いたげに口を開いたり閉じたりしていたが、やがてゆるゆると首を振った。


【いや、…いい】


 馬に乗って消えていった、赤い髪の後ろ姿。

 思い出して、タバコを強く噛む。



 俺が欲しいのだろう?



 心の中で、そう問いかける。

 雨の守護者でなくても、お前が欲しいと、そう書いてあった。あの刺青の入った一見強面な顔に。

 だが、Gは言わなかった。

 予言の力を欲しがっていると、誤解されたくない。そうも書いてあった。顔に。

 わかりやすいガキだ。


『誘ってきたら、断ってやるつもりだったのにな』


 タバコを消し、呟く。開けていた窓から吹き込んだ風が、紫煙と共にその呟きも散らしたような気がした。


【いくらヒネた奴を気取ったって、お前にゃ似合わねぇよ、リナ】


 そう言ったのは、確か町長だ。リリアーナの葬儀の、直後だった。


【人を騙して、揺すって、どれだけ悪ぶったってお前の本質は変わらねぇ。リナさんもそう言ってたぜ、リナ】


 母と息子を同じ名前で呼ぶというこのややこしい癖も、もう慣れていた。

 町長はリナルドを見て笑った。息子を見るような目で見られることが、嫌でなくなったのはいつからだっただろう。


【なんだかんだ言って、お前は誰かを守っている時が、一番生き生きしてるよ】


 守りたいものは、母だった。

 母と、母が愛したこの街だった。

 母が死んでも、人生の半分以上を生きたこの街を守りたいと思った。


【リナさんが死んじまったんだ。この街への襲撃はそのうちなくなるだろうさ。だからお前は気にしないで守りたいものを見つけろ。俺達を、お前の人生の枷になんてダサいものにさせるな】


 無意識に、リナルドは体を起こしていた。


『守りたいもの…』


 その言葉を口に出すと、あるものが真っ先に思い浮かんだ。

 近くで見ていたかった。

 覚悟の化身といえる、赤い炎。

 その炎を宿す赤い目が、これから何を見るのか。


『あ、言い訳してら、俺』


 苦笑する。ついつい、格好の良い理由を付けようとしていた自分に。








『なんか、ほっとけねぇんだよなぁ……あのガキ』








 そんな理由で人生を決めたら、リリアーナは怒るだろうか。

 想像してみて、首を振る。きっと俺がどんな人生を選ぼうと、彼女は笑っているに違いない。

 笑って、応援してくれるに違いない。





『行くか、ボンゴレ』





 リナルドは伸びをした。

 人生を決めるには単純すぎる理由かもしれないが、気分はよかった。

 自分の心のままに、決めたからなのだろう。








『とりあえず、髪でも切るか』








(いい加減目に入るんだよな)





 →おまけ