10.G
頭の中を駆け巡っていた映像がぶつりと途切れると、酷い頭痛が襲ってきた。
頭を押さえ、Gは赤い髪を掴む。
今のは、なんだ。否、わからなかったわけではない。
日本だった。朝利 雨月がいた。
ジョットの雨の守護者になることを拒んだはずの男が、イタリア行の船に乗った。
『あいつ…』
『考え直したみてぇだな』
顔を上げると、リナルドが黒髪をかき上げたところだった。頭痛がするのか、眉間に皺を寄せ、こめかみを指でぐりぐりと押している。
リナルドの言葉が何を指しているのか、問うまでもなかった。
彼も自分と同じ映像を見たのだ。それをGは確信していた。
『今のは未来なのか?』
『バカ。三日前に返事の手紙を出したって言ってただろうが。あれは過去だ』
言われて納得する。雨月からの断りの手紙が本部に着いたのが、ちょうど三日前。
日本とイタリアの距離を考えれば、間違いなくあれは過去の映像だ。
『予言っつうもんは対象者が知りたいことを見せるもの。大抵は未来だが、過去を見せることも珍しくはねぇよ』
すらすらと説明するリナルドの声を、半ば呆然と聞いていたGだったが、あることに気づいて慌ててソファから立ち上がる。
『お前! 予言、を…』
勢いよく立ち上がったはいいものの、言葉が尻すぼみになってしまう。
予言を、した。それは間違いない。 だが、なぜ? どうやって?
『まさか…スープ……?』
思い至って顔を上げると、リナルドは笑って、持っていたマグカップを掲げた。
『正解。俺の能力は【俺が素手で触ったものを口から取り込むことで予言を見せる】ものだ』
あの途方もなくまずい緑色のスープ。
思い出した途端に、忘れていた強い酸味が口内に甦り、思わず口を押さえる。
リリアーナとは違うと言っていたが、まさかこんな方法だとは。
そこまで考えて、Gははっと我に返ってリナルドの肩を掴む。
『バカはお前だ! 予言なんてしたら…っ』
目を見開くGに対して、リナルドは事も無げに手を振った。
『あーまぁな。子どもの時に能力を自覚してから、不用意に手で食い物は触わらねぇようにしてるな。能力が不安定らしくて、否応なく見えるし見せちまう』
久しぶりだったなー能力使ったのは、と言いながら伸びをするリナルドに、Gは指先がすっと冷たくなったのを感じた。
能力を使ったということは、この瞬間リナルドの命は削られた。
ぞくりと、背中が粟立った。
『そんな顔すんな』
少しだけ苦笑が混じった声に顔を上げると、リナルドは肩をすくめてGの手を肩から払った。
『俺の意志だ。今更口出すな。見てよかったぜ。あのままじゃ雨の守護者とやらにさせるところだったからな』
よかったよかったと笑ったリナルドが、まだ思い詰めた顔のままのGの頭を軽く叩く。
『一回くらいじゃ大して縮みゃしねぇよ。…たぶん』
『たぶんかよ』
憮然とした顔をするGに、リナルドは喉を鳴らして笑った。
『お前達の雨の守護者は、あの意外と強引な日本人だ。ボンゴレのボスが、お前に散々諦めろと言われても望んだ…これ以上ない相応しい存在だ。嬉しいだろ?』
はっとする。一度は断りの手紙を寄越した雨月だったが、彼は考え直し、大事な笛を売ってイタリアへと向かった。
ジョットの守護者になる覚悟を、奴は決めたのだ。
『あいつが、ジョットの雨の守護者に…』
先ほど見た過去を、Gは欠片も疑っていなかった。
ジョットはきっと喜ぶだろう。
故郷を離れ、大事な宝を売ってまでイタリアにきた雨月に、詫びながらも最上級の喜びを示すのだろう。
それが容易に想像できて、口元が緩んだのは一瞬だった。
それは、嬉しい。…だが……。
『だが…お前の削られた命は、もう戻ってこねぇじゃねぇか…』
口から零れた言葉には、悔しさと、情けなさが混じっていた。
リリアーナに対しては、覚悟はあった。
だがこんなの不意打ちだ。こいつが、俺のために予言をするなんて、思わないじゃないか。
削られた命は、誰の目にも触れない。
リナルドの体に、変調も齎さない。
ただ、なくなった。
それが、どうしようもなく恐ろしいものに思えた。
『ボンゴレと、お前のボスのためになんでも背負うんだろ? ……背負えよ。俺の命の切れっ端を』
驚いて顔を上げると、灰色の瞳が不敵に細められていた。
挑発されているような、感覚。
やるって言ったよな? 覚悟してんだよな?
俺をがっかりさせんじゃねぇぞ、糞ガキ。
そう、言われたような気がした。
『あぁ…背負いきってやるぜ』
目を開いて、まっすぐに見返す。
灰色の瞳。気を抜くと見惚れてしまいそうなその目に、直接言葉をぶち込むつもりで、言う。
『絶対に、下ろしたりしねぇよ』
リナルドが、呆れたように笑った。
その笑い顔に、どこか嬉しそうな表情が混じっていたような気がしたが、自惚れかもしれないから黙っていた。
聞いたところで、絶対肯定しねぇだろうしな。
『お前の覚悟を、覚えていてやるよ』
その言葉は、混じりけのない本心だろう。
そう思えるほど、リナルドの声はさらりと耳朶を撫でた。
(帰ろう)
ふと肩の力を抜き、思う。
雨の守護者も決まった今なら、どんなこともうまくいく。そんな心持ちだった。
戦争に勝ち、早く管轄地の住民に笑顔を戻そう。
『そういや、断りの手紙が着いたのが三日前なら、あの日本人はそろそろイタリアに着くんじゃねぇか?』
何気なく言ったのだろうリナルドの予想に、唇の端が吊り上がる。
朝利 雨月を連れて、帰ろう。
会えない可能性はまったく考えなかった。
連れて帰り、きっと本部でまだ悩んでいるのだろうジョットの眼前に突き出してやろう。
想像すると、愉快でたまらなくなった。
(港に寄って、ボンゴレに帰るぜ)
(今、街のやつに馬の用意をさせてるからもう少し待ってろ)
(助かる。…つか、お前本当に仕事が早いな)
(代金はきっちりボンゴレに請求してやるよ)
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