07
それは、普通なら盲信だと失笑できるほどの戯言だった。
息子を目の前に、その母親の命を削ってでも予言を得る気でいたという男を、自分は今すぐ殺したって構わないはずだった。
『ふざけんな。糞ガキが…』
だが、できなかった。見てしまったから。
今更なかったことにはできない。それほどの至近距離で、あの覚悟の炎を、瞳の中に。
『あ゛ー…くそっ』
悔しくなった。ガキに語られた覚悟ひとつで、戦意を喪失させられたなんて。
思わず舌打ちすると、唐突に、昔の思い出が甦ってきた。
なんのことはない会話。2年ほど前のクリスマスの、リリアーナとの会話。
《にやにやしやがって…。誰からなんだよ、そのカード》
《ふっふっふー。リナくん気になるのー?》
いや全然、と笑えば、不貞腐れたようにそっぽを向く、大人げない母。
冗談だよと言ってやれば、すぐに笑顔になって手に持っていたカードを胸に抱いていたのを思い出す。
《とても素敵な子からよ。少し人の世話を焼きすぎるけど、まっすぐな…とてもいい子なの》
こんなタイミングで、思い出すなんてな。
『どわっ!』
全身の力を抜いて、どさりと自分の上に倒れ込んできたリナルドに、Gが慌てた声を上げる。
『なんだいきなり! つかどけ!』
『うっせぇなー…黙ってろ刻むぞ』
『刻む!?』
なんかわたわたしているGの上で、リナルドは長く息を吐く。
もの凄く、負けた気分だった。下に敷いている赤い炎のような男の、ふざけた覚悟に。
体を起こして、Gと視線を合わせる。困惑気味の赤い目に、笑いかけてやった。
『リリアーナは、お前のことを息子みたいに思ってたぜ』
そう言うと、目を丸くしたGは、力の抜けた笑みを浮かべた。
『俺は…友達みたいに思ってたんだがな』
リリアーナの年齢を知らなかったGの言葉に、笑いが弾けた。
けたけたと笑うリナルドを、口をへの字に曲げて見ていたGだったが、やがてつられたように笑い出した。
しばらくの間、治まるまで笑い続けた後、リナルドは起き上がって頭を掻いた。
『バカだよな』
『?』
『お前が予言の代償を知っていようがいまいが、リリアーナが死んだ今となっては…なんの意味もねぇことだったのにな』
落ち着いてくると、自分の行動も、目の前の若いマフィアと変わらないくらいガキ臭いものに思えてきて気恥ずかしくなった。
『ただの八つ当たりだったんだ。俺も、一丁前に人の子だったってぇことだなー』
『なんだそれ』
『謝ってんだよ。理解しろよガキ』
『できるか。わかりにくいんだよ』
軽口を叩き合って、また笑う。
Gは、眉を少し下げて口元を歪めて笑うリナルドを見て、気づいた。
ずっと、どこか獣めいて見えていたその顔が、確かに今は人に見えた。
自分とそう変わらない、若い青年の顔に。
ガンガンガンガンッ!
突然鳴り響いた音に、二人は跳ねるように立ち上がった。
Gが床に落としていたショットガンを拾い上げる。
『なんだ?』
『そりゃあお前…』
リナルドががしがしと頭を掻き、ざんばらな黒髪を散らす。
『この街の住民は全員避難してんだぜ』
床に並べた武器を拾いながら、リナルドはにやりと笑った。
『誰もいない街でこれだけ暴れりゃ、気づかれるのも当然だろ』
そういえば、敵ファミリーの襲撃をくらい、態勢を整えるためにここに潜伏していたのだった。
Gが天井を仰ぎ見たと同時に連続した銃声が聞こえ、部屋の入り口のドアに無数の穴が空いた。
『あーあ、最近三度目の離婚をした服地商のブルーノの部屋が』
部屋の隅で壁を背に立つリナルドが、銃とナイフを構えて短く息を吐いた。
戦闘には慣れているのか、落ち着いていた。笑みさえ浮かべている。
『さあて行くか、G。お前が上げた喧しいショーの幕を、降ろしてやろうぜ』
俺が連れてきたわけじゃないと反論する前に、こじ開けられたドアから黒スーツの男達が雪崩れ込んできた。
Gはショットガンに弾が装填されていることを確認し、男達に躍りかかる黒髪の後ろ姿に続いて駆け出した。
(くそっ、なんて部下を連れてやがるんだ! ボンゴレの右腕!)
(あんな浮浪者みてぇな部下はいらねぇ)
(聞こえてんぞこら糞ガキ!)
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