storia d'amore version helloween | ナノ



リナルドルート



 音の出所は最上階にある浴場だった。

 ボス専用の浴室に足を踏み入れると、中はハロウィン仕様に変わっていた。照明はジャック・オ・ランタンに代わり、明かりが漏れる場所に赤いフィルムが張られているのか、浴室はぼんやりとした赤に包まれていた。

 壁に掛かった絵もおどろおどろしい吸血鬼の絵や、廃墟の城の風景画に替えられていた。

 檜風呂の中に赤ワインをどぼどぼと注ぎ、黒い薔薇の花びらを散らしている人物が、ユキに気づいて振り返る。


『ユキお嬢様。いかがされましたか?』

『リナルドさん…。その呼び方はくすぐったいんだけど…』


 ぶちりと音を立てて、黒薔薇を茎から外しながらユキに向かってにっこり微笑みかけたのは、ボンゴレの警備班長でありGの右腕でもあるリナルド・ダンジェリだった。

 いつもように左側だけをオールバックにして、きっちりセットしている髪型だ。

 だがいつもの彼と違うところは、今日はスーツではなく黒の燕尾服を着ていて、肌が露出している首と顔には、毒々しい緑色の…蛇の鱗模様が描かれている。


『ですがお嬢様。今宵は執事として務めるようにと旦那様方から言いつかっておりますので』


 蛇柄の執事は、そう言ってにこりと微笑んだ。

 屋敷でのパーティではついつい給仕などの裏方に回ってしまいがちなユキが、なんとか気兼ねなく参加できないかと思ったジョットの願いをGが叶えたのだ。

 執事の仮装を指定して実際執事として行動しろなどという無茶な命令を、この美麗な警備班長は文句ひとつ言わずこなしている。

 お嬢様などと呼ばれたことのないユキだったが、リナルドに命令を無視させることなど不可能なので、早々に諦める。


『それで、浴場で何をやってるの?』

『はい。ボス…ではなく大旦那様が、浴室もハロウィンらしく飾るべきだと仰いましたもので』


 酔った勢いの思いつきをリナルドに命じたらしい。命じられてからまだ数分も経っていないのに、これだけの飾りつけを済ませてしまうとは、相変わらず感心する。

 薔薇を千切る彼に近づいて、檜風呂に腰掛ける。赤い湯船から、甘いアルコールの香りが鼻を刺激した。


『手伝ってもいい?』

『お嬢様…。しかし…』

『一個だけ』


 眉を寄せるリナルドを遮って、彼の手の中の籠から、茎のついた黒薔薇を一本取る。

 茎から花を千切り、一枚一枚花びらを湯船に散らす。黒と赤のコントラストが目に毒々しい。これならジョットも喜びそうだ。


『大旦那様の酔いがだいぶまわっておりましたので、そろそろ一度浴場へご案内するつもりでおりましたが……』


 言葉を切ったリナルドに、顔を覗き込まれてどきりとする。

 肌を彩る緑色の鱗はとてもリアルで、触ると冷たそうだ。

 灰色の瞳に一瞬浮かんだ鋭い光を消し、蛇柄の執事はにこりと微笑んだ。


『先に、ユキお嬢様からお入りになりますか?』

『へっ?』


 思わず頓狂な声を上げるユキの頭の上の黒い猫耳を、手袋をした指が柔らかく撫でる。

 振動が伝わって、思わずぴくりと身をすくませると、喉が震えるような笑い声が聞こえた。


『今のお嬢様は猫でもありますので、私が洗って差し上げますよ』

『い!いいっ、いいです!っていうか、入りませんからっ』


 首と腕をぶんぶん振って拒否するユキに対し、リナルドは笑顔のままだ。

 どこか押しの強い笑顔に、ユキは冷や汗が浮かぶ。


『ね、猫なんで!水、苦手なのでっ!お風呂は結構ですっ』


 全力でそう叫ぶと、リナルドはくすくす笑い声を上げる。

 堪えきれないように手で口を覆う様子を見て、ユキは蛇柄の執事にからかわれたことに気づいた。


『意地が悪いよ……リナルドさん』

『ふっ、ははっ…申し訳ありません』


 わざと頬を膨らませると、未だ笑い声を上げながらもリナルドは頭を下げた。

 真っ白の手袋をした長い腕が、すっと出口の方を示す。


『さぁユキお嬢様。ここは私に任せて、パーティにお戻りください』


 促されるままに、ユキは浴室を出る。





 ドアを閉める前に、何かが聞こえた気がしたが、きっと気のせいだと思うことにする。








《これ以上ここにいたら、蛇が猫に噛み付いてしまうかもしれませんからね……》








蛇執事黒猫を捕食せんと欲する








(大旦那様。お風呂のご用意が整いました)

(そうか。ユキ、一緒に入るか? 洗ってやるぞ)

(猫は水が苦手なんです!ってこれ2回も言うことになるとは思わなかった!)





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