storia d'amore version helloween | ナノ



雨月ルート


 屋敷の外に出ると、どこからか笛の音が聞こえてきた。

 緩やかな旋律。静かな、闇に溶けてしまいそうな曲だった。

 持ち運び用のジャック・オ・ランタンを持って、ユキは引き寄せられるように音のする方へ向かって歩みを進めた。

 しばらく歩いていくと、敷地内にある池に辿り着いた。湖と呼ぶには小さいが、ボート遊びができそうなくらい大きな池。

 そのほとりに佇む人影を見つけ、ユキは足を止めた。


(やっぱり、雨月……)


 目的の人物を見つけて、ユキはほっと息をついた。ふらりといなくなった雨月だったが、ここで笛を奏でていたらしい。

 黒に近い紫色の、全身をゆったりと覆うローブ、つばの広い三角の帽子には蜘蛛の飾りがついている。

 そんな魔術師の仮装の所為か、彼が奏でる音楽が呪文めいて聞こえるのを感じながら、ユキは音楽が終わるまでしばらく立ち止まり、目を伏せて聞いていた。

 穏やかだが、こんな暗い場所で聞いていると心がざわざわする。そんな曲だった。



 やがて曲が終わり、口から笛を離した雨月が、すっと顔をユキに向けてにこりと笑いかける。
『使いの黒猫が、私を迎えに来たでござるか?』


 その言葉に笑顔を返して、ユキは雨月の方に駆け寄った。小走りになると、首についた鈴が鳴り、黒い尻尾がぱたぱたと揺れる。

 ユキが傍まで来ると、雨月がふと心配そうな表情になる。


『皆、心配していたでござるか?』

『ううん、まだ大富豪に白熱してたし。私が気になって来ただけだから』


 緩く首を振って否定した後、今度はユキが雨月に心配そうな表情を向ける。


『雨月…パーティ、楽しくない?』


 いくらイタリアに慣れているといっても、この中では雨月が一番仮装パーティというものに馴染みがないだろう。

 無理をさせているのではないかと心配したユキに、雨月は慌てたように手を振る。


『とんでもない! 楽しいでござるよ。楽しくて……』


 言葉を切って、ふっと苦笑する。


『楽しくて、ずっとこちらにいたくなってしまうほどでござる…』

『雨月?』


 座らないかと促され、ユキは地面に腰を下ろす。目の前の池で、水面がゆらゆら揺れて、映った月もぼんやりと形を変えていた。


『こちらに居すぎだと…怒られたでござるよ』


 ぽつりと零れ落ちるように紡がれた言葉に、背中が冷たくなる。

 雨月は日本の、大層な名家の出だ。今の時代の日本では産業革命が始まり、西洋化と近代化が行われて始めているころだが、雨月の家ではまだ異国の文化を取り入れることを良しとしない人が多いと聞いている。


『ボンゴレにいるのはとても楽しいのだが…。私は日本の家も大切なのでござる…』

『うん…』

『両立…は、難しいでござるなぁ』


 はは、と苦笑する雨月に何か言おうと口を開いた瞬間、冷たい風が吹き、ユキはぷるりと震えた。

 すぐ屋敷に戻るつもりで出てきたから、薄い黒猫衣装の上には何も着てこなかったのだ。


『ユキ、おいで』


 足の間に座るよう示されて、頷く。

 座ると同時に後ろからふわりとローブでくるまれて、全身がほわりとしたあたたかさで覆われた。

 珍しそうに頭の上の猫耳を引っ張る雨月の胸にもたれかかる。


『ねぇ雨月。日本に帰りたくなったら、帰った方がいいよ』


 呟くと、耳を引っ張る手が止まったのがわかった。

 帰りたいときに帰っておかないといけないと、そう思う。

 自分の生まれ育った場所に、必ず帰れるとは限らないのだから。

 そう思ったが、口には出さない。口に出せば、未来から来た自分のことを言っているのだと、彼にはわかってしまうだろうから。


『一度結ばれた縁は消えないから』


 明るい笑顔で振り向くと、穏やかに微笑む雨月がいた。


『帰りたくなったら帰ればいいし、こっちに来たくなったら、来ればいいんだよ』


 両立は、人のためにするものじゃない。自分がしたいからするものだから。


『でも、ジョットや皆のことだから、雨月に会いたくなったら会いに行っちゃうかも』

『ユキも、来るでござるか?』


 頷いて、ローブの中に鼻まで埋まる。ここはあたたかくて、優しい場所だ。





『うん。そのときは、イタリアにおいでって、迎えに行く。今日みたいにっ』





 日本人の魔術師は、にこりと微笑んで腕とローブの中の黒猫を抱き締める。

 今だけは、彼女が自分の黒猫でいてくれることに、心地良さを感じながら……。








悩める和製魔術師の懐には和製黒猫の笑顔が








(なんか日本の遊びがしたくなったなぁ)

(帰って花札でもするでござるか?)





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