storia d'amore version helloween | ナノ



Dルート


『あ。ありが…っきゃあぁっ!』


 差し出されたカフェオレを受け取り、お礼を言おうと顔を上げた途端、口から悲鳴が飛び出した。

 悲鳴が出るのも当然だろう。グラスを持ったその人物は、首から上がなかったのだから。

 未だばくばくいっている心臓部分を押さえ、ユキは首なしの男を見上げた。


『もうDっ!驚かさないでよ!』

『ヌフフ、失礼しました。ですがこれが私の仮装ですからねぇ』


 そんな声と共に、ない首の部分が霧に包まれたかと思ったら、血塗れの首の上にDの顔が現れた。

 濃紺の上着に肩の部分に金色の飾りがついた首なし伯爵の衣装。それは首から肩にかけての部分が血みどろでなければかなり高価なものだ。

 尤も、元貴族である彼のことだから、ボンゴレに入る前はこういう服ばかり着ていたのかもしれない、とユキはぼんやり思った。


『それで、何か御用?伯爵様。カボチャ割り大会は終わったの?』

『あんなくだらないものに私が参加するわけでしょう』


 そう言ってはいるが、Dの楽しそうな様子から彼が何をしてきたのは想像がついた。

 ジョットや他の守護者達が酒を飲んでいるのをいいことに、普段はかかりにくい幻術を駆使してカボチャ割り大会を散々邪魔してきたらしい。

 呆れ顔を向けると、Dはにこりと微笑んでユキの傍の椅子に腰を下ろす。


『しかし、今日のユキの料理はハロウィンらしいというか……不気味なものばかりですね』


 イモリの黒焼きにしか見えないクッキーを摘み上げたDに、ユキは笑顔を向ける。

 ハロウィンらしいものをということで、出す料理…特にお菓子はたくさん工夫した。

 現に、今二人の前のテーブルに並んでいるのはイモリやトカゲにしか見えないクッキーやどこから切っても血走った目が現れる巻き寿司、どろどろに煮込まれた臓物のブラウンシチューなどだ。


『食べていいよ。Dお腹空いてるでしょ?』


 並んだ皿を示されて、Dは目を丸くする。それを見て、ユキも不思議そうに目を丸くする。

 しばらく二人で目を丸くしたまま見つめ合っていたが、先に表情を崩したのはDだった。


『なぜ、私が空腹だと?』

『だってパーティの最中も何も食べてなかったから。首がないっていっても、こっそり幻術解いて食べればよかったのに』

『リアリティの追求は必要ですよ。食事のために幻術を解くなどという真似は…』

『うんでも、結構美味しく作れたからDにも食べて欲しいんだ。いいでしょ?』


 一瞬首なし伯爵に戻ったDの言葉を、リアルに再現されている首の断面を見ないようにしながら遮って言うと、Dはふっと微笑んでいただきましょう、と皿に手を伸ばす。

 カフェオレを飲みながらDが食事を取る様子をしばらく眺めていたユキだったが、Dが彼女の食べかけだったパンプキンプリンの皿に手をかけたのを見て、慌てて止めにかかる。


『あぁっ。これはダメ!』

『なぜです?』

『プリンはいいけど、指は最後の一本なの!』


 パンプキンプリンに突き刺さった、マジパンでできた指をさして懇願する。精巧に作られた指は明るいところでよく目を凝らさないとわからないくらい、本物そっくりだ。

 それを聞いたDは、にたりと微笑んでプリンから飛び出ている指を摘まんで抜き取った。


『それを聞くとますます食べてしまいたくなる性格なのはわかっているでしょう?』

『わかってるけど返してー!』

『ヌフフ、却下です』


 ばっさりと言い捨てて、甘い指を口に近づけるDに、ユキは泣きそうな顔をする。今Dが食べようとしているのは、最後まで残しておいた一番の傑作なのだ。

 そんなユキを見て、Dは僅かに眉を下げて苦笑する。


『貴方に悪魔は似合いませんね。ユキ』


 突然話を変えられて、ユキは目尻に涙を浮かべたまま首を傾げる。

 その涙を指先で掬い取り、Dはくすりと笑ってみせる。右目のスペードのマークが妖しく光り、彼にだってこの仮装は似合っていないとユキは思った。


『貴女の可愛らしさは、どちらかというと可憐な天使のものですよ』

『Dだって、首がないよりある方がずっと格好いいよ』


 至極真面目な顔でお互いを褒め合った二人は、同時にふっと微笑んだ。


『まったくユキには敵いませんね。ほら、お返ししますよ。口を開けて』

『わーいっ』


 ユキは歓声を上げて、差し出されたマジパンの指を迎え入れるために口を開ける。

 唇と前歯に触れられた感じがしたのでぱくっと咥えたユキは、一瞬で口の中を襲った違和感に眉を寄せた。

 じとりと睨むように見上げると、楽しそうに笑うDが、ユキのすぐ目の前で手を広げた。

 彼の中指と薬指の間には、マジパンの指。そして彼の人差し指はユキの口の中にある。





『私の性格は、わかっているでしょう?』





 勝ち誇ったように笑う血塗れの伯爵。

 その厭らしいとしか言いようのない笑顔に腹が立って、ユキは咥えていた長い指に思い切り歯を立てた。








首なし伯爵は危うく指なし








(ユキ。私の天使。…そろそろ機嫌を直していただけませんか?)

(悪魔ですから直しませんー)




Halloween top