ナックルルート
夜でも、彼の笑顔は太陽のように明るい。
そう思いながら、ユキは快活な笑顔を浮かべるナックルからグラスを受け取った。
犯罪を犯した人造人間というコンセプトなのだろう。囚人が着るような簡素な服を着ている彼の顔には縫い合わせたような跡があり、皮膚の色もところどころ違っている。
彼のこめかみから生えた螺子を眺めて、くすりと微笑む。フリークの仮装をしていても、ナックルが持つ雰囲気はこんなにも明るい。
『カボチャ割り大会は終わったの?』
『うむ!究極に割って割って割りまくったぞ!』
嬉しそうにガッツポーズを決めるナックルに隣に座るよう勧める。
ランタン用に中身を繰り抜いて乾燥させておいたかぼちゃを使ったのだろう。ナックルの服の袖口には砕かれたカボチャが粉となって付着している。
『ふふっ。お疲れさま。それでこれは…』
ユキは渡されたグラスを持ち上げる。白い液体がグラスの中で揺れている。
『究極に牛乳だ!』
『やっぱり!』
ユキは笑った。
『運動の後は究極に牛乳だろう!』
どちらかというとお風呂の後の方が共感できるが、わからなくもないのでユキは笑顔で同意した。
乾杯、と声を上げてかつん、とグラスを鳴らす。
『キャバッローネがメキシコで手に入れたというリキュールが入っているが、まぁ大丈夫だろう』
ユキがそれを聞いたのは、一息に飲み干した後だった。
『へ……?』
キャバッローネというのは確認するまでもなく、度々自宅にボスと守護者を招いては完膚なきまでに潰して帰すほどの酒豪で有名だ。
ユキが飲み干したグラスを見下ろすころには、彼女の体温は急速に上がっていた。
『ユキ? おい、ユキ大丈夫か?』
突然下を向いて黙り込んでしまったユキを、ナックルは心配そうに見つめる。
むき出しの肩を掴んで揺すると、高い体温を手に直接感じた。
『どうした? まさか、究極に気分でも悪くしたか?』
『んーん…』
ユキが小さく首を振り、ナックルを見上げる。目が合い、ナックルはぎょっとした。
マホガニーの瞳が潤んでいて、その表情は彼が今まで見たことのないものだった。
甘えるような顔。赤いミニドレスと頭からぴょこんと生えた小さな角という格好の所為なのか、可愛らしさと艶やかさが強く感じられる。
『なっくるー。だっこして』
『はっ!?』
ナックルは声を上げて体を引いた。小さな三叉槍を持って両腕を広げるユキは、動かないナックルに不満そうな顔を向けている。
我侭を言うようなタイプではないユキがそんな顔をしていることは、ナックルを十分混乱させた。
『ねーぇー…。だぁっこぉー』
『こ、こらっ!つっつくな!こらユキっ、やめんかっ』
痺れを切らしたらしいユキに三叉槍でつんつんされ、ナックルは困ったように眉を下げる。
瞳が潤んでいる以外に特に見た目に変化はないが、あのリキュール入りの牛乳一杯で完全に酔っ払ってしまったらしい。
頬を膨らませ、だっこだっこと連呼するユキに、ついナックルは根負けして彼女の肩に手を置いた。
『えぇいわかった!じっとしてろ』
膝の裏と背中に腕を差し込むと、笑顔になったユキがナックルの首に腕を回す。
そのまま膝の上に座らせるように抱えると、満足したようにユキがうんうんと頷いた。角が頬に刺さる。
『あったかぁーい』
『そ、そうか?』
にこにこしながら胸に頬ずりするユキの頭を撫でる。膝の上で甘える彼女は、思っていたよりはるかに小さくて軽い。
『ねーぇ、なっくるー。これとっていいー?』
『あ、こら!い、いかん。究極に引っ張ってはいかんぞ!』
こめかみの螺子をくいくい引っ張るユキは、悪戯っ子のような笑顔だ。
にたりと笑う彼女は、挑戦的な悪魔そのものに見える。
ナックルは螺子を守るようにユキの手を払うしぐさをしながら、弱りきったように眉を下げる。
『ユキ。そろそろパーティに戻らんか?』
『いーやぁっ』
『嫌、か?』
『うんっ。いやー』
ぎゅうっと抱きつかれてナックルは頬を掻いたが、観念したように力を抜いてユキの体を抱え直す。
ご機嫌な小悪魔の、珍しくも可愛い我侭を拒む理由は、彼にはないのだから。
『究極にしょうがない奴だな』
『しょうがないやつですー』
はーいと手を上げるユキにじっとしているように言い聞かせ、むき出しの肩をぎゅっと抱く。
風はないが空気が冷え始めていた。
薄着の彼女が少しでも寒がらないように、少しでも…。
人造人間は酔った小悪魔の我侭に逆らえない
(二人してこんな外で寝て……しょうがないでござるな)
Halloween top
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