storia d'amore version helloween | ナノ



アラウディルート 1/2



 ちりん、ちりん、と首についた鈴が鳴る。

 ボスと守護者の自室が並ぶ二階で、ユキはひとつだけ開いているドアを見つけて、その開いたドアをノックしながら部屋に入った。


『アラウディさーん』


 声をかける。明かりのついていない暗い部屋から返事はないが、大富豪を真っ先に勝利で飾り、その後ふらりと出て行った彼の部屋のテーブルには、トランプで連勝した彼が得たチップとお菓子が山と積まれていた。


『ユキ』


 低い声が、ふわりと耳をくすぐった。声のした方に顔を向けると、寝室へと続くドアが開いていた。

 引き寄せられるようにドアに向かうと、鈴がちりん、ちりん、と鳴った。

 ドアに手をかけ、半開きになったそれを押し開けると、窓の前にアラウディが立っていた。

 彼が着ているのは、まるで獣に引き裂かれたかのように破れたシャツと細身のズボン。それだけでもいつものアラウディからはありえない格好だが、彼の頭には固そうな黒と灰色が混じった毛で覆われた三角の耳、腰から左足に絡みつくように同じ色の尻尾が生えている。

 同じ耳と尻尾がついている仮装だが、自分とアラウディではまるで印象が違う。

 プラチナブロンドがさらりと風になびく端正な横顔を眺めていると、薄い水色の瞳がついと動き、視線が交わった。


『何してるの? きなよ』

『あ、はいっ』


 平淡だがどこか強制力のある声に、我に返ったユキは寝室に足を踏み入れた。

 窓の外に視線を戻したアラウディが見ているのは、雲のない夜空に浮かぶ満月だ。彼の髪の毛と同じプラチナの輝きを見せる月はとても美しい。

 月を眺める姿はとても静かなのに、今にも凶暴な牙を剥かれそうで背筋が少しだけ冷たくなった。


『座れば?』


 顎でベッドを示され、なんとなく逆らえずに腰を下ろす。窓から吹き込む風が心地良くて目を細めると、アラウディの尻尾が動き、ユキの膝をふさりと撫でた。やっぱり固い毛の感触がする。

 どうやって動いているんだろう、とついじっと見ていると、視線を感じた。

 顔を上げると、首だけで振り向いたアラウディの薄い青の瞳がユキを見据えていた。


 目が逸らせない。耳と尻尾が生えているだけで、いつもの憮然とした冷たい表情が野性味を帯びる。


『ユキ…。腕がなくなったら、困る?』


 は?と思わず口から間抜けな声が零れた。

 え、え? 腕? 腕がなくなったら……。


『こ、困ります…』

『そう』


 よくわからないが、かろうじて肯定するとアラウディが体ごとこちらを向いた。

 狼男仕様にわざと汚したのだろう薄茶色のシャツ。その裂けた部分から普段は決して見えることのない素肌の腹筋がちらちらと見えて、ユキはやり場に困った視線を彷徨わせた。


『足は?』

『あ、足?』


 今度は足。頭が混乱するが、こちらを向いて腕を組んでいるアラウディの表情にはまるで変化がない。


『そう。足、一本。なくなったら、困る?』

『困ります…』

『…そうだね』


 答えがわかっていたかのようにあっさり頷いたアラウディは、一瞬目を伏せた後、するりとした動きでユキの隣に移動し、ベッドに腰を下ろした。

 衝撃でベッドが軽く音を立てたと思ったら、すっと救い上げるように手を取られた。

 手首を掴むアラウディの手に違和感を覚えてユキは目を細めた。


『爪……』


 どういう仕掛けなのだろう。狼らしく、アラウディの爪は獣のような形に変わっていて、鋭く尖っていた。



 このまま手首を握られたら、血管を裂かれそうだと思ってしまうほど。



『お腹が、空いたんだよ…』

『あ、だったら……』


 アラウディさんが勝ち取ったお菓子が、と寝室の外を指そうとするユキを、長い足を組んだ狼男の手が制した。


『指一本なら、いいかい?』

『へっ?』


 掴まれたままの手が、だんだんアラウディの口の方に引き寄せられ、ユキはやっとこれまでの会話の意図に気づいた。