storia d'amore version helloween | ナノ



ジョットルート 2/2


 がたりと音を立ててジョットが椅子から立ち上がり、ばさりと風を孕んだマントが、一瞬だけ彼の体を覆う。

 金髪の美しい吸血鬼の瞳に、一瞬凶暴な色が浮かんだように見えたのは、ただの気のせいだろうか。


『飲まないのか?』


 なみなみと入ったグラスを持ち上げて、妖艶な笑みを向けられる。美しい赤い酒は甘い香りで誘ってくるが、ひとくち飲めば一瞬で倒れてしまうほど強いことにユキは気づいている。


『だめ…。飲めない』

『なぜ?』


 なぜもなにも、飲めば文字通りいちころだ。

 そう言おうとすると、口のすぐ前にグラスがあり、視線をあげると薄く微笑むジョットがかがむようにしてユキに酒を飲ませようとしていた。


『ほら、口あけて』

『やだ、ってば…酔う、か、らっ』


 甘い香りから逃れるようにジョットの手からグラスを奪おうとすると、ジョットがグラスを取り落とし、揺れた酒が飛び出してユキの首に零れ落ちた。

 血のように赤く、薔薇のような甘い液体が、首を伝って鎖骨の窪みに落ちる。


『あっ』

『あー……』


 ジョットの残念そうな声に、なぜか悪いことをしてしまったような気分になる。だって飲みたくなかったのだ。飲めば酔うだけでは済まない気がしたのだ。

 そんなユキの心情を知ってか知らずか、ジョットは表情を一変させて意地悪く微笑んだ。


『まったく…悪い子だな、ユキは』


 ぞくりとした。低く甘い声に、背中が粟立つ。

 こちらを見下ろし、妖艶に笑う吸血鬼。彼の顔が近づいてくるにつれ、内側にベルベットが張られたマントがどんどんユキを包み込んでいく。

 金縛りにあったかのように動けないでいると、ジョットの顔がふっと視界から消えた。


『え、ジョッ、トっひゃぁっ!?』


 ぬるりとした感触がしたと思った途端、ユキの口から短い悲鳴が飛び出した。

 赤い酒が溜まった鎖骨をジョットの舌が這い、金糸のような髪がユキの首をくすぐった。

 反射的にジョットのシャツを掴むと、ネクタイをしていない、程よく筋肉のついた彫刻のような胸元が覗いた。


『ジョット、な…なに、を……』


 吐息のような切れ切れの言葉に、ジョットは酒を舐め取った鎖骨に唇を落とす。


『すまないなユキ。まだ…喉の渇きが治まらないんだ……』

 さきほどまで見上げていた美しい吸血鬼。それが今は小さく震える赤い悪魔の肩口に顔を埋め、獲物を手中に納めた獣の顔でユキを見上げていた。

 上目遣いの赤みを帯びたオレンジ色の瞳、白い牙をぺろりと舐める赤い舌。





『ユキ…じっとして? 憐れな吸血鬼に、可愛い悪魔の甘い血を……』





 いつも以上に忙しなく血管が脈打つ首に、飢えた吸血鬼の牙がちくりと押し当てられる。








 その瞬間、獲物と化したか弱き悪魔は、恐怖とも歓喜ともつかない声を上げて目を閉じた。








吸血鬼が欲するのは甘い酒甘い悪魔








(少しふざけすぎたか……。ユキ、ユキ、起きてくれ…)




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