警備班長、暗黙
屋敷から真っ直ぐヴォルパイヤファミリーのアジトに馬を走らせる。
ボスはろくな資料を見ていなかったから、アジトの正確な場所はわからないはずだが、人の少ない道には、つい最近猛スピードで馬を走らせたのだとわかる痕跡があった。
(これが、超直感というやつなのだろうか)
半ば信じられなかったが、間違いなくボスは真っ直ぐアジトへ向かっていた。
ボスが何をしに行ったのかは、想像がついた。おそらくG様もそうなのだろう。
『急いだ方が良さそうだな…』
口の中で小さく呟いて、ホルスターに銃が納まっていることを確認した後、馬の腹を強く蹴る。
* * *
生臭い血の匂いがむっと鼻を刺激した。
一般人は滅多と通らない、街外れからさらに森の近くまで離れた場所に建つ一軒の屋敷。周りを見渡すと、ボスが乗ってきたと思われる馬が所在なげに草を食んでいた。
入り口のドアは開け放たれ、そこから足が出ているのを見て思わず眉を寄せた。
しんと静まり返っていたので、もう終わったかと思っていたら、二階から恐怖に満ちた叫び声が響き渡った。
すぐに馬から飛び降り、屋敷に入る。玄関、廊下、階段…二階へ行くまでに通る道には、足の踏み場もないほどの死体があり、壁も家具も、全てが真っ赤に染まっていた。
『ボスッ!』
人の気配を頼りに一番奥の部屋のドアを開けると、いたのはボスと数人の男達。資料で見たことのある、ヴォルパイヤファミリーの幹部達だ。
こちらに背を向けて立っていたボスが、ゆっくりと振り返った。
ボスの背中は、とても綺麗だった。返り血も、汚れも、傷も、何一つない。
なまえ様と並んで出かけていった時のままの背中だ。
『リナルド…。そうか、お前が来たのか…』
苦笑するボスの顔は、美しい金髪まで真っ赤だった。
どこか虚ろなオレンジ色の瞳と視線が合うと、心臓を握られたかのような痛みが走った。
『そっ……っ』
衝動的に言葉を口走りそうになり、唇を噛んで堪える。
(そんな顔で、人を殺したのですか?)
『たっ、助けてくれっ!!』
部屋の隅に座り込んでいた男の一人が、悲痛な叫びを上げる。
先ほどのボスの言葉で、自分がボスの仲間であることはわかるだろうに。
それすらもわからないほど、恐怖しているのだろうか。
それとも、わかっていて、懇願しているのだろうか。
愚かな。
『リナルド』
『はっ』
『すぐに、終わらせる』
静かに響いたボスの言葉に、男達は震え上がった。
ボスはグローブを嵌めた両手をきゅっと握り、僅かに口角を上げた。
それはこれから殺される男達にとっては残虐な殺戮者の笑みに見えたかもしれない。
『外で…お待ちしております』
『わかった。すぐに…行く』
すらりとした、とても美しい背中に礼をして、踵を返す。
死体を踏むしか進む術のない階段を下りながら、ふと頭に浮かんだ、なまえ様の後ろ姿。
ボスの隣に、彼女がいるのが、あたりまえになるのではないかと、最近思うようになっていた。
頭の中のなまえ様が振り返り、その笑顔が血に染まっているような錯覚を起こしてぞくりとする。
夕暮れが近づく時分…空が赤くなりつつあった。
空はいつもボスのようだ。
警備班長、暗黙
この空のようなボスの隣に、彼女は並んでくれるだろうか。
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