警備班長、追走
遠くから見ただけだったが、何かがおかしいことはわかった。
ボンゴレ管轄の街に出かけてくる、と馬車に乗るボスとなまえ様を見送ったのは3時間前。
夕方には戻ってくると言って出て行ったから、早すぎる帰宅だとは思った。
だが、先に馬車を降りたボスの周囲に漂うびりびりと殺気立った空気と、次いで降りてきたなまえ様の、まるで魂が抜け落ちてしまったかのような足取りに、ただ事ではないと判断した。
テオとタノを、ボスとなまえ様についていった部下の元へ行くよう命じ、自分は玄関へと急いだ。
扉を引き開けると、まず玄関に立ち赤い髪をぐしゃぐしゃと乱すG様が視界に入り、次いで2階へ続く階段の途中に立つアラウディ様の横を、静かに通って歩いていくなまえ様の後ろ姿。そして1階の方に視線を移すと、足早に食堂や資料室のある方へ進んでいくボスの姿があった。
『くそっ、おい待て!ジョット!』
自分の姿が目に入らなかったのか、G様が部下の前では決して呼ばないボスの名前を、声を荒げて呼び追いかけて行った。
『やぁ、ダンジェリ』
半ば呆然としていると、いつの間にか階段を下りていたアラウディ様に声をかけられ、姿勢を正す。
アラウディ様はふっと微笑んだが、その碧眼を見てすぐにわかった。今、彼の機嫌はあまり良くない。
『いったい何があったのですか?』
『さぁね…』
不機嫌そうに眉を寄せたアラウディ様は、腕を組んで階段へ向かって顎をしゃくって見せた。
『なまえの顔が腫れていた。やったのはたぶんプリーモだよ』
『なっ…。っ、手当てを…』
一瞬狼狽してしまったが、すぐ我に返り動こうとする。
が、アラウディ様に肩を掴まれる。
『自分が許可を出すまでなまえには誰も近づくな、とプリーモは言っていたよ。僕は守る必要ないけど、君はそうもいかないだろう?』
ボスの命令ならば、従うしかない。
だが、ボスがそのような命令をしたということが信じられなかった。
もちろん理由があるのだろうが、その理由をボスは言っていない。おそらくG様にも。
『あの野郎!裏から出て行きやがった』
『リナルド先輩!今ボスが一人で馬に乗って出て行ったっす!たぶん行き先は……あ』
G様が苛立ったように戻ってくるのとほぼ同時に、玄関の扉を引き開けながら叫ぶテオの声が耳に届いた。
守護者が2人もいるのに気付いてすぐ姿勢を正したテオに、アラウディ様が声をかける。
『いいから続けなよ。…行き先は?』
さすがのテオもアラウディ様に声をかけられるのは緊張するのか、少し上ずった声ではっ、と礼を取る。
『ボスとなまえ様の警護を担当していた者の話から、ヴォルパイヤファミリーの巣ではないかと』
『一人でヴォルパイヤファミリーのところ…?あいついったい何する気だ!』
『G様!』
走り出しかけた上司の腕を掴む。振り返ったG様の、苛立ちと怒気を露わにした赤い目と視線がぶつかった。
一瞬離してしまいそうになった腕を、力を込めて握ると、G様の目がはっとしたように大きくなる。
冷静さを取り戻して強張りが解けた腕を離し、礼をとる。
『自分が、ボスを追います』
『任せるぞ…リナルド。あいつを無事に連れ戻せ』
『御意に』
『ダンジェリ』
外に出ようと扉に手をかけると、アラウディ様に呼び止められた。
水面のような薄い碧眼は、変わらず不機嫌を露にしたままだ。
『僕が許してあげる。なまえと同じように、顔を殴ってやりなよ』
無事に、という命令を受けたばかりなのに、そんなことを言ってくる最強の守護者に思わず苦笑が洩れる。
『ボスがなまえ様を殴った…その理由如何によっては、そうさせていただきます』
笑顔でそう答えて、アラウディ様と、呆れ顔のG様に今一度礼をとって背を向ける。
扉を開けると、先に外に出ていたテオと、タノが馬の用意を済ませていた。
手綱と資料を受け取り、馬に跨る。
『一人で大丈夫っすか?』
『さぁ、どうだろうな…。守護者様がいるからといって、屋敷の警備は怠るなよ』
『『了解』っす』
部下の返事を背中に聞き、馬の腹を強く蹴って走らせる。
疾走する馬上で、頭に浮かぶのは…3時間前の、楽しそうに馬車に乗り込むボスとなまえ様の笑顔。
警備班長、追走
本当に…理由如何によっては…。
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