警備班長の事情 | ナノ


警備班長、休憩


「リナルドさん!一緒に休憩しませんか?美味しい紅茶を淹れますから」

「それはもったいないお誘いですが…部下を持ち場から離さないでいただけませんか?なまえ様」


 にっこりと微笑むなまえ様の両手には、警備班の部下であるテオとタノのそれぞれの腕が握られていた。

 部下2人に咎める視線を向けると、少年のような顔立ちのテオはえへへと笑って頭を掻き、がっしりした体格のタノは困りきった様子で視線を反らした。

 断り切れなかったのはまぁ仕方ないと言える。この屋敷においてはボスと、警備班直属の上司であるG様の次になまえ様の命令に従うように言われているからだ。

 溜め息をひとつついてなまえ様を見ると、彼女は一瞬だけぺろりと舌を出して微笑んだ。


「今は皆会議中だし、少しの間なら平気でしょ?4人で、バルコニーでお茶にしましょう?」

「なまえ様がそう仰るなら、喜んでお付き合いいたします」


 了承すると、すぐさまキッチンに向かって走り出しかけたなまえ様を制し、テオをバルコニーのテーブルをセットしに行かせ、タノをキッチンに連れて行ってお茶の用意をする。

 なまえ様は困ったように眉を下げていたが、部下の立場である自分達が用意をするのは当然のことだ。

 尤も、なまえ様は自分が上の立場であるということに納得がいっていない様子だが、ボスとG様が決めたことだと言えば渋々頷いていた。


 湯気のたつカップを渡すと、なまえ様は嬉しそうに受け取り、静かに香りを楽しんだ。

 バルコニーのテーブルは4人で座ると少し窮屈だったが、なまえ様はとても嬉しそうだった。

 とても気安い性格の方であることは、彼女が屋敷に来てすぐわかった。日本人であることも関係していると思うが、ちょっとしたことですぐ頭を下げて挨拶し、礼を言うので、慣れていないテオとタノ、そして他の警備の部下達も最初は恐縮しきっていた。

 だがそれも日数が経てば慣れるもので、元々なまえ様と同じくらい気安い性格のテオは数日ですぐ打ち解け、持ち場から離れて談笑してしまうため、事あるごとに説教するはめになる。

 一か月が経った今は、無口で任務に忠実なタノでさえ、こうしたお茶の誘いを遠慮しきれずにいる。


「なまえ様はぁ、ボスと守護者様の中だと誰がタイプっすか?」

「え?」

「っ!!」


 間延びしたテオの言葉に紅茶を噴き出しそうになったが堪えた。そんな醜態は晒せない。

 ごほごほと咳き込んでいる間に、テオはきょとんとしているなまえ様にさらに質問を重ねる。


「まー別にボスと守護者様の中で決めなくたっていいっすけど、あんだけ美形揃いだからタイプくらいいるかなーって」


 ボスと守護者様がすぐ上の階で会議中だというのによくそんな質問ができるものだと、半ば感心、半ば呆れていると、なまえ様が顎に手をあてて考え始めた。え、まさか答える気ですか。


「元の…じゃなくて日本にいたときは、髪が黒い人が好きだったな。いろんな色に染める人が多かったから」


 はて、日本に髪を染める文化などあっただろうか。

 雨月様が守護者に迎えられてから、必要だろうと日本語を習得したが、実際の日本についてはよく知らないでいた。

 テオもタノもそうなのだろう。特に気にした様子もなく相槌を打っていた。


「へー日本ってそんなとこなんすね。ってことはランポウ様とかG様は奇抜すぎて完全アウトっすね」

「黒…というと雨月様と、ナックル様…」

「おい、やめないか」


 へらりと笑うテオと、思いついたまま口に出してしまったタノを咎めるがもう遅かった。

 3階の会議用の部屋からがたんっ、と椅子が倒れるような物音が聞こえ、思わず全員が顔を上げた。

 ランポウ様の『完全アウトって言い過ぎだものね!』やナックル様の『やめんか貴様ら!究極に八つ当たりではないか!』、雨月様の『私は日本人なのだから仕方ないでござる!』などの言葉が飛び交っている。

 皆様方…会議を放り出して何喧嘩してるんですか。というよりG様…声が全く聞こえませんが、もしかして地味に落ち込んでいるんですかそうなんですか。

 イタリア語がわからないなまえ様は、のほほんとした様子で「会議、白熱してるねぇ」などと言っている。


「なまえ様」

「ん?」

「会議にも休憩が必要です。皆様にお茶を差し入れてはいかがでしょう?」


 なまえ様にそう提案すると、横でテオが「ああ、それいいんじゃないっすか、ぶふっ」等と笑うので足を踏みつけて黙らせた。誰の所為でこうなったと思っているんだ。


「そうだね。うん、行ってくる。お茶がいいかな、コーヒーかな、どっちもあった方がいいよね」

「では、自分がお手伝いを…」

「タノ」


 なまえ様と共に立ち上がりかけたタノを制すると、慌てたように座った。

 エプロンを付け直し、バルコニーを出ようとするなまえ様を見送るため、全員が立ち上がり礼を取る。


「なまえ様、先ほどの髪の話ですが…髪の色程度では人間の価値は測れませんので…その…」

「確かに、Gとかランポウとか髪の色奇抜だよね!最初はびっくりしたけど、似合ってるから全然気にならないよ」

「は…? ですが、先ほど…」


 あっけらかんと笑うなまえ様を呆然と見ていると、先ほどからずっと笑っていたテオにばしっと背中を叩かれた。


「やだなぁリナルド先輩。黒髪云々は昔の話っしょ!なまえ様が髪の色程度でボスと守護者様を判断するわけないじゃないっすかぁ!」

「……テオ」


 このガ…子供、ボスと守護者をからかうとはどういう神経してるいんだか。





「あ、でも」





 バルコニーの扉に手をかけたなまえ様は、思い出したように振り返り、ふわりと微笑んだ。


「私、リナルドさんは黒髪でいるのが好きだな。だから染めないでね」

「……かしこまりました」


 わーお不意打ち、とほざくテオの足を踏みつけて、なまえ様の背中が廊下へと消えるのを見送る。

 喧嘩が始まってから、会議室のボスと守護者様がこちらの会話に気づいた様子がないのが面倒なのか…救いなのか。





 とりあえず、残りの休憩は説教だな。





 そう軽く息をついて、未だへらへら笑っている後輩の首根っこを、ありったけの力を込めて引っ掴んだ。








警備班長、休憩





 好みのタイプなんて、結局は関係なくなるものですよね。