警備班長、邂逅
ノックをすると、少しの間の後入室を許可する声が返ってきた。
『失礼致します。お茶をお持ちいたしました』
ドアを開けてワゴンを押す。数時間前に整えた部屋にいるのは3名。
1人は輝く金髪とオレンジ色の瞳の、我らがボンゴレファミリーのボス・ボンゴレプリーモ。
もう1人は赤い髪と赤い瞳の、我が上司。
そしてもう1人は…。
『久しぶりだなリナルド。留守を立派に守ってくれたな。ありがとう』
『もったいないお言葉でございます。ボス』
紅茶を注ぐ手を止め、ボスに向かって礼を取る。
警備を勤めているとはいえ、ボスに声をかけられるのは久しぶりで、ソーサーを持つ手が少し強張った。
「なまえ。こいつは俺付きの部下だ。この屋敷の警備班長だから、これから顔を合わせることが多くなるだろう。日本語も喋れるから安心しろ」
「はじめまして。リナルド・ダンジェリと申します」
「なまえです。よろしくお願いします」
濃い茶色の長い髪、マホガニーの瞳の大きな目は笑みの形に細められている。
驚いた。美人だ。
顔には出さず、にっこりと微笑み返して彼女の前に紅茶を置く。
「なまえ、部屋は気に入ったか?」
「え?あ、えぇ…」
「何か不備があれば私に申し付けください」
「あ、はい…。ありがとうございます」
困ったように微笑む彼女…なまえ様。
随分緊張しているように見える。いや…緊張というより、本当に困っている?
「さて、プリーモ。そろそろお前は仕事の時間だ」
「G…。まだ帰ってきたばかりだろう」
「暴動なんてもんはさっさとキレイに片付けちまうに越したことねぇんだよ。おら立て、楽しい残務処理だ」
「はぁ…。なまえ、長旅で疲れただろう?お前はゆっくりしていろ」
「う、うん。ありがとう、ジョット」
気にするな、と告げてボスとG様が出て行くのを、礼をとって見送る。
ドアが閉まると、なまえ様は長く息を吐いてソファに座り直した。
疲れもあるだろうが、どことなく浮かない顔だ。
「なまえ様。おかわりはいかがですか?」
「あ、はい。いただきます。えっと…ダンジェリさん」
「リナルドで結構ですよ」
湯気の立つ紅茶のおかわりをカップに注いで渡すと、なまえ様はひとくち飲んでほっと息をついた。
やはり、長旅で疲れが溜まっていたのだろうか。
「リナルドさん。Gの部屋の場所…教えていただけますか?」
「……G様の部屋ですか?」
「はい。ジョットは何もしなくていいと言ってくれたんですけど、でもお世話になるからには何か仕事が欲しくて。Gに頼んでみようかなって」
なるほど。先ほどからの表情の理由は、何もせずに衣食住の保障を受けることの居たたまれなさからきていたのか。
わけありの女性だという話だったから、どこぞのお嬢様かとも考えていたのだが、この様子からしてそれはなさそうだ。
「失礼ながら、イタリア語が全くできないなまえ様ではボスと守護者様の仕事の手助けはできないでしょう」
苦笑してそう言うと、それはわかっていたのか同じ苦笑を返された。
「ですが、我が上司は屋敷内の家事雑務を一手にこなしておいでです。それを引き受けてくださるというなら、G様も考えてくださると思いますよ」
視線を合わせてにっこり微笑むと、一瞬の間の後なまえ様の表情がぱあっと明るくなった。
可愛い人だな。そんなに働きたがるなんて、珍しい。
それほど…拾われたことを感謝しているということか。
「G様のお部屋は廊下に出て左向きに三つ目の、向かって右側です。あぁ、行く前に着替えてくださいね。ずっと外出着では疲れるでしょう?」
「あ、はい。あ、あのっリナルドさん」
ワゴンを押して出て行こうとすると慌てたように呼び止められた。
振り返ると、立ち上がったなまえ様に深々と頭を下げられて驚いた。
そういえば、日本人でしたねこの方は。
「私、こちらのことは何もわからないので、たくさん失敗してしまうと思うけど…。でも頑張りますから、よろしくお願いします!」
「ッ!」
顔を上げて、ふわりと微笑んだ彼女にどきりとする。
初めて、混じり気のない、心からの笑顔を見た。
「(案外…この笑顔が欲しかったから、とかだったら面白いんですけどね…ボス)」
「?」
「いいえ。ボスと守護者様以外では私が一番屋敷には詳しいかと思いますので、遠慮せずに何でも聞いてください」
「はいっ!」
これが後に、ボンゴレの風と謳われる、なまえ様との出会いでした。
警備班長、邂逅
今でもはっきり覚えている。
爽やかな風のような、あの方の笑顔を。
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