警備班長の事情 | ナノ


警備班長、解決?


『なまえ様は、ボンゴレの宝です』





 少年は、羨ましくなるほどまっすぐな目をしていた。

 なまえ様付きの護衛官に異動を願い出た少年…ボンゴレ郵便係のファビオは、もう吹っ切れたとばかりに声を張り上げた。


『あの方は、ボスや守護者様だけではない…我々構成員にとってもなくてはならない方です。なまえ様の存在も徐々に外部に知られ始めています。ですからどうか、自分になまえ様の護衛官をさせてください!』


 ファビオの言葉は真に迫っていた。正直、少年とは思えないほど。

 事実、ファビオの戦闘能力は少年ではありえないほどの高レベルだ。暗殺部隊にいたことが大きいのだろう。

 敵を前にすれば、精鋭と並ぶほどの力を発揮する。

 が……。


『リナルド』

『はっ』


 名前を呼ばれ、沈みかけていた思考を引き戻す。

 礼を取ると、G様が赤い瞳をすっとこちらに向けてきた。


『お前、ルティーニが昇進試験に落ちる原因について考察していたことがあったな?』


 上司は、この話の間はファビオと呼ばないことに決めたらしい。

 嫌な予感を覚えながらも、静かに目を伏せる。


『は。確かに昇進試験後の報告書を確認している際にそのようなことをお話ししたことはありますが…』

『話せ。お前が思う、原因を』


 簡潔な命令に、溜め息は呑み込んだが眉尻は下がってしまった。

 少年の薄い青の瞳が、少し潤んでるのを見てしまい、視線を外す。

 不安なのだろう。自惚れでなく、彼は自分を尊敬している。そんな相手に自分の足りない部分を指摘されるのは辛いだろう。

 G様の命令は厳しいが、的確だ。この中では自分が一番ファビオに近く、一番彼の昇進試験の様子を直に見ている。

 肺腑の奥まで息を吸い込み、止める。

 顔を上げてまっすぐにボスを見る。命じたのはG様だが、伝える相手はボスだ。


『ファビオ・ルティーニは一度味方と認識した者に攻撃できないのだと思われます。それが試験相手であっても、裏切者であっても…』


 途端、室内の温度が下がったような気がした。ファビオは目に見えて青くなり、G様は眉間の皺を増やし、D様はやれやれと首を振った。

 少年の優しさからくるものなのだろうが、これは問題視せざるを得ないことだ。

 一度味方と思った相手を、敵だと思えない。頭でわかっても、攻撃できない。

 暗殺部隊時代はここまで顕著ではなかったが、暗殺部隊の上司はファビオが暗殺に向かないと思ったのだろう。たまたま空きがあった治安連隊に異動させようと本部に送られた書類がボスの目に留まり、少年は郵便係になった。

 幸いにも、治安連隊も郵便係も、味方の裏切りにあうような任務ではなかったから、これまでのファビオの評価にはなんの問題もなかった。


『間違いないのか?』


 ボスの低い声が響く。問いかけられた少年は、青を通り越して白い顔になっていた。


『はい、ボス…。ですがっ!!』


 勢いよく顔を上げると、プラチナブロンドといえる薄い金髪が、光を孕んで散った。

 思わず目を伏せた。

 覚悟はあるのだろう。ボスに直接奏上するくらいだ。自分の欠点はわかっていて、それを意地でも克服するつもりでいるのだろう。





『半端な者になまえの命は預けさせられない』





 固い表情のまま、ボスは静かに言い放った。

 ファビオの瞳が、みるみる暗くなり、顔がどんどん下がっていく。


『なまえには傷のひとつもつけることは許さない。つけた者も、守れなかった者も、許さない。……これは7人の総意だ』


 ボスと守護者様、7人の総意。

 これほど重い言葉が他にあるだろうか。

 ファビオの方を向いて、思わず感心した。消沈しているが、一旦は下を向きかけた顔を、きちんと上げなおしている。

 こんなに近くでボスと守護者様全員に囲まれて、願いを突き放されても、顔を上げてボスと視線を合わせていられるのには感服する。

 ファビオは本当に将来が楽しみな構成員だ。少し目に表情が表れやすいが、精鋭並みの戦闘能力があり、礼儀正しく目端も利く。

 郵便係はともかくとしても、治安連隊に置くには惜しい。



 問題があるなら、治してやればいい。

 そうすれば…。





『ボス、私が…『ねぇ、プリーモ』





 意を決して話しかけた言葉に、低いがよく通る声がかぶさった。

 その場にいた全員が、目を丸くして声の持ち主…アラウディ様を凝視した。

 この話が始まってからずっと、壁に凭れ掛り目を伏せた状態だった最強の守護者。正直寝ていると言われても納得できるほど微動だにしなかった。

 反応がないことに焦れたのか、不機嫌そうに眉を寄せたアラウディ様は、腕を組んだまま軽く顎をしゃくってみせた。


『その子ども、僕が持って帰るよ』

『へぁ?』


 間抜けな声を上げたのは、美麗な最強の守護者に顎で示されたファビオだった。この中で子どもと呼べるのは彼しかいない。

 ボスが驚いた表情のまま、アラウディ様とファビオを交互に見る。


『アル……欲しいのか?』

『欲しくないけど、持って帰るよ。持って帰って……』


 言葉を切って、薄い青の瞳に見据えられたファビオは、かちんと固まった。

 同じ色彩なのに、まさに蛇に睨まれた蛙の状態だ。


『弱い小動物みたいな考えで、なまえを守ることなんてできないことを…教えてあげるよ』


 訂正。蛇に睨まれた小動物だ。

 しばらく全員が呆気に取られていたが、いち早く我に返ったボスが苦く微笑んだ。


『アル。話はわかったが、ファビオをお前につけるとなるとボンゴレを辞めることになる。それはさすがに彼の本意ではないだろう』


 ボンゴレを辞めるという言葉にますます青くなったファビオに苦笑を向けるボスを、アラウディ様は苛々と見やった。


『だから、君が僕のために用意したという椅子に座ってあげるって言ってるんだよ』


 その瞬間、ボスがぱかっと口を開けた。ボスの傍らに立ったG様も極限まで目を見開いている。

 他の守護者様もびっくりした顔で固まっていて、特にD様は笑顔が引きつっている。

 ボスと守護者様の間で交わされたものらしく、話が見えない自分とファビオは眉を下げて顔を見合わせた。


『と、いうことは…あの話を受けてくれるということか!?』


 椅子から立ち上がらんばかりの勢いで前のめりになるボスを、アラウディ様はじとりと見てからふいと顔を背けた。

 それが肯定を意味することがわかっているボスは、みるみるうちに顔中に笑みを浮かべる。


『ボンゴレの門外顧問になってくれるんだな?』

『しつこいよ。何度も言わせないでくれる。それで、この子どもは持って帰っていいよね?』

『あぁもちろんだ。お前が合格を出すまでファビオはお前につける。いいな?ファビオ』


 ボスに笑顔を向けられ、一瞬きょとんと首を傾げたファビオだったが、びしりと姿勢を正した。


『あ、アラウディ様に認めていただけたら、なまえ様付きにしていただけるということですか?』

『その通りだ。大丈夫、アルは厳しいが公正だ。お前が欠点を克服すれば、必ず認めてくれる』


 ボスの満面の笑みにつられるように、元郵便係の少年は謁見室に入ってから初めての笑顔を浮かべた。

 慌てたように立ち上がると、ボスはアラウディ様に近づき、その背中をばしばしと叩きながら振り返る。


『こうしちゃいられない。会議を開いて門外顧問設立のお披露目の日を決めるぞ。とりあえず全同盟ファミリーのボスにだけ伝えて、他はまだ他言無用だ。徹底しろよ。それとリナルド、治安連隊に連絡してファビオの異動を伝えろ。異動先は適当に誤魔化してくれ。あぁG、なまえに会議室にコーヒーを持ってくるよう伝えてくれ。さぁ行くぞ!忙しくなるな!』


 驚くほどの肺活量を発揮したボスが、アラウディ様とファビオの肩を抱いて、他の守護者様を引き連れて謁見室から出てしまうと、急に静かになった。

 返事をする間さえなかった…と呆然としていると、自分と同じく謁見室に残っていたG様におい、と声をかけられた。


『リナルドお前…警備班でファビオを引き取るつもりでいたな?』


 アラウディ様に遮られた言葉。自分が何を言おうとしていたのか、G様にはわかっていたらしい。

 否定しない自分を見て、G様は呆れたような溜め息をつく。


『警備班の人選はお前に任せているが、今以上の面倒を抱えてどうする?お前は俺の補佐と警備班長の業務以外にも、何人もの新人を抱えていて首が回らないだろう…』

『まぁ…そうなんですが』

『どういうつもりかわからんが、アラウディが門外顧問とファビオを引き受けてくれて助かったな。おかげでプリーモの機嫌が最高潮だ』


 再三打診しても断られていたからな、と笑う上司に苦笑を返す。

 なまえ様のところへ行くというG様のために扉を開けると、通り過ぎざまに肩を叩かれた。


『お前は甘やかしすぎる。悪いくせだな』

『G様…お言葉ですが、私は部下を甘やかしたりなどしません。ファビオのことはなんとかした方がボンゴレのためになると……』


 後ろを歩きながらその背中に反論すると、遮るように手を振られた。


『お前が甘やかしすぎるってのは、なまえのことだ』


 立ち止まる。どんどん離れていくG様の背中に、つい苦笑いを向けてしまう。

 やっぱりばれていたのか。

 ファビオを警備班で引き取って、鍛えて、なまえ様付きになれるようボスと交渉する。



 そうすれば、彼女は凄く喜んでくれるだろうと、思ったから。








門外顧問、解決








 郵便係の異動を伝えたとき、なまえ様は目をまんまるにして首を傾げた。


『なんでそんなことになったの?』


 なんでなんでしょうね。