郵便係、奏上
ボスと守護者様の自宅とされる屋敷には、滅多と使われることはないが謁見室と呼ばれる部屋がある。
滅多と使われない理由は、ボスがボンゴレプリーモとして誰かと会う際に使うのは、本部の謁見室だからだ。
私的な理由だが、気軽に会うような間柄ではない…そんな相手に屋敷の謁見室の扉は開かれる。
この話を聞いたときは、自分には関係のないことだと疑わなかった……。
『なまえ付きの護衛官になりたい、と…そう言ったんだな?…リナルド』
『はっ。その通りでございます。ボス』
片膝をついている自分の背中に、冷汗が伝う。
今は床しか見えないが、少し視線を上げれば数段の階段、そしてその上には足を組んで椅子に座るボスが見えるはずだ。
思えば、よくここまで歩いてこれたものだと思った。
ボスがお会いになる、とダンジェリ様に呼ばれ、開かれた謁見室の中を見た瞬間気絶しなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
『ヌフフッ。なんと若い……いえ、子どもではありませんか』
『究極にどこかで見たことがある少年だが…』
『彼は郵便係でござるよ。週に一度屋敷に来ているでござる』
『子どもなことに変わりはないんだものね』
『くだらない話になるなら、僕はすぐ帰るから』
ボスの隣に立っているのはG様。そして跪く自分の両側には、残り5人の守護者様が立っている。
たまたま守護者全員が屋敷にいたのだとしても、郵便係が異動を願い出たくらいで彼らが集まるなんてありえない。
この状況の理由はただひとつ、なまえ様が絡む内容だから以外の何物でもない。
『顔を上げろ、ファビオ』
G様の低い声は耳に入ったが、頭が押さえつけられているかのように動かない。
怒りを向けられているわけでもないのに、ボスと守護者様と同じ部屋にいるというだけでこんなにも萎縮してしまう。
今この場にいないのはなまえ様だけだ。
『リナルド』
G様が、入り口の傍に立っているダンジェリ様に声をかける。
顔を向けると目が合い、ダンジェリ様の灰色の瞳が一瞬だけ柔らかい色味を帯びた気がした。
思わず溜め息が出る。きちんとセットされた黒髪と灰色の瞳という風貌からは冷たい印象が感じられるが、部下に優しく、ボスと守護者の次に支持されているのがこのリナルド・ダンジェリ様だ。
G様の右腕兼、ボンゴレの精鋭で組織されている警備班の長。
この人のようになりたいと、いつも思っている。
『ファビオ・ルティーニ、15歳。2年と7か月前に暗殺部隊に配属。半年前に一般構成員として管轄地治安連隊に異動になると同時に、郵便係の任についております。上司からの評価は暗殺部隊時代、治安連隊、郵便係ともにA〜S』
ダンジェリ様が何も見ずに紡ぐ自分の評価を、ボスと守護者様に聞かれていると思うと緊張で心筋が軋んでいるような気がした。
『ですが、』
低い声。紡がれた接続詞にぞくりとした。
恐る恐る顔を上げると、言葉を切ったダンジェリ様がこちらを見ていた。微苦笑のため歪んだ口元を見て、何を言われるのか悟った。
だが彼を恨むことはできない。彼はファビオ・ルティーニのことを話すために、今この場にいるのだから。
『この2年と7か月の間に行われた7回の昇進試験では、全て実戦形式試験の段階で落ちています』
唇を噛み締めて、落ちかけた瞼を制してかっと目を見開く。
目を閉じるな。自分が蒔いた種から目を背けるな。
ここで挫けるような気持ちで、ボスに異動を願い出たわけじゃない。
『ファビオ。お前を郵便係に据えたのは、俺だ』
ボスの言葉に、驚いて顔を上げた。オレンジ色の瞳が、真正面から自分を見つめていて、息を呑む。
少しだけ眉間に皺を寄せたその顔は、威厳に満ちた、ボスの顔。
『郵便係が、警備班と並ぶ程重要な仕事であることは、わかっているな?』
ボスの問いかけに、頷く。
自分に与えられた任に対する誇りを思い浮かべると同時に、なまえ様と交わしたあの会話が鮮明に思い出されてくる。
あの時に、自分は知ったのだ。
なまえ様という方を、知ったのだ。
『なまえ様は、ボンゴレの宝です』
ボスの目に見られているのではなく、自分の目でボスを見る。
そういう気持ちで言葉を紡ぐと、ボスがふっと微笑んだ。
郵便係、奏上
僕はまだ子どもだけれど、それでも、それでも…。
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