警備班長の事情 | ナノ


警備班長、取次


 穏やかな陽光が降り注ぐ午後、本部に寄ってから屋敷に出勤すると、玄関前に濃い茶色の髪を背中に流し、いつものシャツとパンツ姿のなまえ様が立っていた。

 こちらに向かって手を振り、駆け寄ってきたなまえ様に笑顔を向ける。


『なまえ様、おでかけですか?』

『こんにちはリナルドさん。ううん、そろそろファビが来る頃だから待っていたの』


 陽の光に負けない笑顔から出た言葉に、軽く頷いてみせる。

 なまえ様は週に一度屋敷にやってくる、郵便係の少年と仲がいい。

 少年・ファビオには会ったことがある。ボンゴレに忠実で、将来が期待できる少年だ。


『今日は時間が空いたから、お茶に誘おうと思って。リナルドさんも一緒にどう?』

『なまえ様…。自分は今出勤してきたばかりなのですが…』


 苦笑すると、なまえ様は舌を出して微笑む。なまえ様と話すのは楽しくても、ボスと守護者が住む屋敷には入れないといつも遠慮する郵便係を、今日こそ捕まえてバルコニーに連れて行くつもりらしい。

 淡い金髪と薄い碧眼という、色彩だけならボンゴレ最強の守護者にそっくりな少年の、弱りきった顔を想像して思わず笑ってしまう。


 そんな他愛もない会話を交わしていると、遠くで馬の足音が聞こえ、それに素早くなまえ様が反応した。

 二頭立ての馬車が緩やかに近づいてくるのを確認したなまえ様が、手をぶんぶんと振ると、御者台の少年が顔を上げた。

 嬉しそうに笑いかけるなまえ様に、はにかんだような笑顔を返す少年を見ていると、微笑ましくなる。


『こんにちはファビ。今日は元気?』

『こんにちはなまえ様。はい、元気です』


 御者台から即座に降りてきちんと礼を取る少年を見て、なまえ様はそんなに気にしなくていいのにと眉を下げた。

 とんでもありませんと返すファビに、安心する。いくらなまえ様が気安い方だとはいえ、馬上から声をかけたりと礼を怠るようなら、自分は即刻この少年を郵便係から外すようボスに奏上するだろう。


『ファビオ、久しぶりだな。よくやっているようでなによりだ』

『いえそんな…。ありがとうございます、ダンジェリ様』


 労いの言葉をかけたつもりだったが、郵便係の少年が返してきた表情は硬かった。

 不思議に思ったのは自分だけではないようで、なまえ様も心配そうにファビの顔を覗き込んだ。

 帽子を取った少年のさらりと流れる金髪が、あたたかい風が吹いて僅かに浮き上がった。


『なまえ様。申し訳ありませんが、ダンジェリ様に相談したいことがあるんです』


 笑顔を浮かべた少年を見て、一瞬口を開きかけたなまえ様だったが、彼女は何も言わずにふわりとした笑顔をファビに向ける。


『お茶の用意をしてるから、話が終わったら今日こそ付き合ってね』


 そう言ってファビの手をきゅっと握ると、なまえ様は自分の方に笑いかけてから、玄関の扉を引き開けて屋敷の中へと戻っていった。

 扉が完全に閉まると、郵便係の少年は顔を上げた。薄い青の瞳が、陽の光によって水のように見える。

 16、否15…くらいだろうか。まさしく少年としかいえない郵便係は、驚くほど真剣な瞳で自分を見上げていた。


『お願いですダンジェリ様。僕を…僕をボスに会わせてください!』

『なっ…』


 予想を遥かに超えた相談に、思わず声を上げてしまった。

 いや、これは相談ですらない、願いだ。


『ボスにお願いしたいんです。僕を、なまえ様付きにしていただけるように…』

『お前、自分が何を言っているのかわかってるのか?』


 配置換えを願う権利は、もちろんどんな下っ端にだってある。だがそれを最終的に決めるのは上司だ。

 そして、なまえ様に専任で付いている人間はいない。

 ボンゴレに所属しているとはいえ、普段は屋敷から出ないなまえ様に護衛はいない。

 屋敷にいる間は警備班が護衛をし、外に出る時も警備班か守護者の誰かの部下が護衛に付く。



 なまえ様に専任で付きたいなど…ボスにそんなことを奏上して、無事に済むとは思えない。





『ダンジェリ様!どうか、どうかボスにお取次ぎを!』





 この少年が、ふざけているわけでも、ただの思いつきで言っているわけでもないのは、よくわかっていた。





 少しだけ目を閉じて、ゆっくりと開ける。

 そこには相変わらずの淡い金色と薄い青の組み合わせ。





 案外、この少年のためにもなるかもしれない。





『どうなっても、知らないからな…』


 嘘だ。取次ぎをする以上、知らないで済ませられるはずがない。

 だが、言わずにはいられなかった。








 自分を頼ってきた少年の、安堵した表情を見た途端、疲れがどっと込み上げてきた。

 まだ何もやっていないのに。







警備班長、取次








 嵐の予感がした。こんなに晴れているのに。