警備班長の事情 | ナノ


警備班長、料理


 ボンゴレファミリーの本拠地、ボンゴレ本部。

 荘厳な建物の一室で、書類を片手に眉間に皺を寄せている部下を眺める。

 なぜ自分はここで馬鹿な後輩の書類仕事を手伝っているのだろう。今日は非番なのに。

 直通の電話が鳴りだした。

 書類とペンを持ったテオが泣きそうな顔でこちらを見るが無視する。手伝ってやっているんだから、電話くらい取れ。

 だいたいなぜここまで書類を溜めてしまえるのだろう。

 本当に精鋭の一人なんだろうかこいつは。いや、推薦したのは自分で、昇格したのはこいつの実力だが。


『リナルドせんぱーい!ボスが急用ですぐ来てほしいそうなんですがー、そうされると俺凄く困るんで断っちゃっていいっすかぁー?』





 いいわけないだろ馬鹿やろう。





* * *





『なまえ様が倒れた!?』


 わざわざ玄関まで出てこられたボスは、眉を下げて頷いた。

 これほど所在なげな様子のボスは初めて見た。


『過労ですか?』

『いや、風邪だ。昨夜大浴場を使わせてやったら、湯につかったまま眠ってしまったらしくてな』


 その言葉に、ボスとそろって溜め息をつく。まったくなまえ様らしい。

 だが、疲れていたからこそやってしまったのだろう。労わって差し上げなければ。


『それから、目が覚めた後に髪も乾かさず、体も満足に拭かないまま風呂掃除をしたらしい』


 前言撤回。治ったら説教だ。

 きつく眉を寄せると、ボスが苦笑いしたので慌てて表情を元に戻す。

 任務中ではないとはいえ、最近ボスの前で表情が崩れてしまうのは自分の失態だ。


『でだ。お前を呼んだのはなまえの食事のことなんだ』

『食事…ですか?』


 ボスは難しい表情を浮かべて頷いた。

 なまえ様が倒れたのが2時間前。今は眠っているが何か食べさせないと薬も飲ませられない。

 そう言葉を紡ぐボスの声音は、心底困っているように聞こえた。


『お前も知っているだろうがGがいない』


 頷く。上司のスケジュールは把握している。G様は昨日から北イタリアに視察に出ていて、帰りは明日だ。

 G様がいない。つまり食事を作れる人間がいない、とボスは言いたいらしい。


『ですが、確か雨月様は料理の心得が…』

『今屋敷にいるのはランポウとDとアルだけだ』


 うわ…確実に料理ダメそうな3人だ……。

 頭を抱えたくなるのをなんとか堪えると、リナルド、と名を呼ばれる。

 真摯な色を浮かべる瞳に真正面から見据えられて、たじろいだ。

 なぜだろう。光栄なはずなのに、嫌な予感がした。





『頼むリナルド、俺に料理を教えてくれ』





* * *





『何をやってるんですかボスッ!!』


 卵を割らずに鍋に入れて火にかけだしたボスの腕を、思わず強く引っ掴む。

 無礼などと言ってはいられない。先ほどから何度ボスをこんな風に止めただろう。

 一度襟首を掴んでしまった。いや思い出すまい。思い出したら負けだ。


『卵の殻っていうのは火にかけたら溶けるんじゃないのか?』


 そんなことで雛の命が守れると思うな!と、突っ込めるものなら突っ込みたい。

 作ろうとしているメニューは卵粥。ボスがなまえ様の部屋から持ってきた料理書のひとつに載っていたレシピだ。


『ボス!ひとつかみではありません!ひとつまみです!』

『ひとつまみの定義がわからん…』

『定義など考える必要はございません。指を開いて…はい閉じて!』

『小さじというのはどれのことだ?』

『この際ティースプーンで大丈夫ですからお玉に醤油を注がないでくださいああっ!そんなどぼどぼと!』


 その後、なんとか殻を入れずに割りほぐすことができた卵を、鍋に入れるところまで辿り着くことができた。


『ボス、火を止めてください。後は余熱で火が通るそうです』

『で、できたのか?』

『はっ。今お味見を…』


 木製の匙で、できたばかりの卵粥を掬って渡すと、それをぱくりと口に含んだボスがびっくりしたように目を大きくした。


『美味い…』

『はい。なまえ様もきっとお喜びになります』

『本当か?』

『もちろん』


 ゆっくりと頷いてみせると、ボスが安堵したように微笑んだ。


『お前のおかげだ。ありがとう、リナルド』

『何を仰います。自分は料理書の内容をお話しただけ。調理は…味付けも全部ボスがなさったのです』

『お前がいなかったらできなかった。感謝する。リナルド…』


 温かいうちになまえ様に、と促すと、ボスはトレイに乗せた卵粥を、水と薬と共に持ってキッチンを出て行った。

 階段を上る足音を確認すると、壁に凭れ掛かり、ずるずるとその場に座り込んだ。

 ありえないほど疲弊していた。

 船上で敵をひとりで殲滅した後、30キロの距離を泳いで帰還した時以上の疲労具合だ。

 立ち上がって片付けをしなくてはと思うと同時に、卵粥を手に微笑むボスの顔が瞼の裏に甦る。

 無意識に口元に笑みが浮かぶのを手で押さえる。



 立ち上がりながら、頭の中に浮かぶのは二つの願い。

 なまえ様…一日にも早い回復を。

 そしてG様…早くお戻りください。





 こんなこと、もう二度とやりたくない…。





* * *





『え!?リナルドは料理嫌いなのか?』

『何を作っても腐ったトマトみたいな味になるらしくて、料理だけはできないんだって』

『それは…なんというか……無理をさせてしまったな』

『でもこのお粥、とっても美味しい。ありがとう、ジョット』

『あぁ。一日も早く元気になってくれ』








警備班長、料理(できない)








 とりあえず、夕食までにキッチンメイドの手配をしよう