三つ華 見習い編 | ナノ


08


「鈴、起きろ。終わったぞ」


 低い声と、頭の後ろに手が差し入れられたのを感じ、鈴はぼんやりと目を覚ました。

 技術開発局に着いて、珍しく(というか初めて)阿近が淹れてくれた茶を飲んでいると、唐突に眠気が込み上げてきて、なんか盛られたなと気づいた時には眠りに落ちていた。

 上体を起こしながら、鈴は自分の体がやけに軽いのと、周りがざわざわしていることに気付いた。

 前者に関しては、また阿近が寝ている間に怪我を治療してくれたのだろうと見当がついた。


「さすが阿近さんだ」

「なんて素晴らしい!」

「すっごく素敵ですぅ!」


 阿近を誉めそやす声が、自分を取り囲んでいる局員達だと言うことに気付くくらい頭がはっきりしてくると、阿近に手鏡を握らされた。

 特に何も考えずその手鏡を覗き込んだ鈴は、自分の顔に起きた異変に体を硬直させた。

 見慣れたはずの自分の右頬には、牡丹のような椿のような、大輪の花の入れ墨が彫られていた。

 しかしその花は微妙に明るさの違う、しかし全て黒で描かれてあり、細工の細かい技術がなければ、花だとわからないくらいの黒さだ。

 あまりの衝撃に声が出ないまま阿近に顔を向けると、けろっとした表情で「制御装置だ」とのたまわれ、局員達からは喝采が上がった。

 確かに職人技と言える代物だが、制御装置をつけると言われて顔に花を咲かせられた鈴は、称賛の声を浴びながら頭を抱えた。

 装置の形状に希望はあるかと訊かれて、ないと答えた。

 あれか。あれがいけなかったのか。

 制御装置というのは更木がつけているような装飾品だと思っていた鈴は、何も考えず返事をしたことを少しだけ後悔した。


「まぁ、仕方ないですよね」


 少しだけだった。





* * *





 局長の脅し一発で、蜘蛛の子を散らすようにして局員達が自分の持ち場に戻って行くのを見送った後、鈴は阿近から制御装置の説明を受けた。

 霊力を解放すればするほど、頬の花は色が薄くなり、完全解放で消えたように見えなくなるという。霊力の乱れが暴走レベルと判断されると頬に痛みが走り、己の体に負担がかかる。


「今は平隊士レベルの霊力にしてあるが、コントロールに慣れたら自分で設定しろ」


 鈴は困った表情を浮かべながらも頷いた。

 霊力のコントロールは、何度試みてもよくわからないままだった。

 ただ、この二ヶ月で他人の霊力はなんとなく感じ取れるようになった。

 十一番隊は冷静とはかけ離れた隊だから振れ幅は激しいものの、隊士は皆基本的には霊力が安定していることがわかった。

 他人のことはわかっても、自分の霊力がどうなっているかは全くわからないので、鈴は自分の霊力の異常な揺れをまだ自覚できない。

 制御装置がそれを安定させてくれたことは、鈴をとても安堵させた。


「定期的に検診はするからな。呼んだらちゃんと来い」

「はい先生」


 にっこり笑って敬礼する鈴を、阿近は無言で蹴り倒した。





 書類整理の手伝いがある、と鈴が技術開発局を出て行ってから、阿近は一人で思案していた。

 傷が増えていた。

 それは道場稽古によるものだから、当然だ。

 しかし、十一番隊での雑用はただ雑用と呼ぶには激務すぎる仕事量で、それ以外にも体力作りと剣術の修行、死神になるための講義も受け始めたという。

 多少の疲れを緩和し、傷を手当したくらいでは、あれほど動けるはずはない。

 死神の体力や回復力は、霊力が大きく関係している。

 鈴は疲れにくい程度の認識でいるらしいが、そのおかげで人の倍働き、修行をこなしている。


「あれは、化けるな」





* * *





「化けます」


 演習場から視線を逸らすことなく、一角ははっきりと答えた。

 総当たり戦のために移動してから数分、いつの間にか隣に立っていた老人は、同じく演習場に目を向けたまま頷いた。

 突然現れた総隊長は鈴の様子を見に来たのだろうが、不在とわかるとまっすぐ一角の元へとやってきた。

 鈴は、死神としてうまくやっていけそうか?と問われたとき、一角は迷わず頷いた。

 この護廷十三隊で一番強い死神である老人は、鈴が死神になれるということを全く疑っていなかった。

 飛び抜けた霊力を持っていても、持ち主がへぼでは何の意味もない。

 だが、あの娘はへぼではなかった。

 毎日の雑用、剣術の修行、体力作り、講義、寝る間などほとんどないにも関わらず、泣き言ひとつ言わない。

 阿近がついているとはいえ、平隊士でも一日動けなくなるほどの修行を受けても、数時間の睡眠をとるだけでけろっと回復している。

 質の高い霊力を持っているからこそできる芸当だが、そんな霊力に耐えうる器を持っているということも重要だ。

 そして何より、向上心が高い。教えたことはすぐ覚え、センスもある。





 一角はすでに、更木以上に鈴を育てていくことに楽しみを覚えていた。








(なんだその顔は?)

(この顔は自分も予定外です)

(素敵じゃないか。ね、一角)

(ま、いいんじゃねぇか)







<< >> top
- ナノ -