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相変わらず、むさくるしい場所だな。 道場の隅に高く積み上げられた平隊士達を見て、阿近は嫌そうに眉を寄せた。 今日は気温が高く、十一番隊専用道場には汗の匂いが立ち込めている。 隊士は副隊長以外全員男という隊がむさくるしくないわけがないのだが、男の自分からすればほとほとげんなりする光景だ。 道場の中を見渡すが、この中に単身放り込まれた、青年のような少女の姿は見えない。 「やぁ阿近さん。鈴なら水場だよ」 傷どころか汗ひとつかかずに十二席の隊士から一本奪った弓親は、水の入った竹筒を持った腕で外を指す。 阿近が道場に現れてから10分が経った。 稽古の時間に水場から10分も戻らないとなると、何をしているのかは大体検討がつく。 鈴が女であるということが隊士たちにどこまで伝わっているのかわからないが、事実を知っている隊長及び三席、五席には手加減してやったという様子は微塵も感じられなかった。 尤も、あの娘はこの扱いを不当だと感じる玉ではない。 この二ヶ月、鈴は死神見習いとしての修行だけでなく、十一番隊の隊舎で雑用として働いている。 衣食住を世話してもらうのだから当然だと鈴は言うが、これまで両手の指では足りない回数、倒れて技術開発局に運び込まれている。 最初の三回くらいは慣れない環境と寝不足が理由だったが、それ以降は隊士にやられたものだった。 鈴が尸魂界に来て三日目、阿近は制御装置の試作品を渡した。霊圧の増減を正確に測るためのものだったが、それなり制御できるはずだった。 しかし、渡した次の日の朝、十一番隊の平隊士が全員布団の中で気絶していた。明け方に鈴の霊圧が急激に上がったことが原因らしい。 殺気どころか、何の感情もなくただ上昇しただけの霊圧は、席官以上は気づかなかったか気にしなかったかだが、部屋が近かったこともあり平隊士の大部屋に多大な影響を及ぼしたとのこと。 怪我人は一人も出なかったものの、それ以降も鈴の急な霊圧の上昇のために隊士が倒れることが三日に一回は起こるようになった。 当人にもちろん悪気はないのだが、自分がやらかしたという自覚もない所為か、時折苛立った平隊士達にぼこぼこにされたらしい。 それを更木も一角も『これで打たれ強くなるだろ』、弓親は『顔だけはやめてあげなよ』で片づけている。 おかげで阿近はすっかり鈴の主治医のような立場になっていた。 制御装置は予想以上に時間をかけてデータを分析せねばならないから頻繁に来いと言ってあるにもかかわらず、鈴はなかなか技術開発局に姿を見せなかった。 痺れを切らして迎えに行けば、怪我をしていたり、雑用としての疲労や寝不足でふらふらという状態で、引きずって行って治療するということを繰り返してもう二ヶ月だ。 日頃の肉体労働で体力はだいぶついたらしいが、道場で竹刀を持っての稽古となるととても厳しい。 それを泣き言ひとつ言わず続けているのは、正直驚いている。 そんな鈴が隊士達に十一番隊の一員として認められ始めているのと、隊士達が彼女の突発的な霊圧上昇に慣れたことで、今はリンチはないらしい。 「あれ、阿近さん。こんにちは」 振り返ると、手ぬぐいを首にかけた鈴が立っていた。拭いきれていない水が、顔周りの髪からぽたりと肩に落ちる。 阿近がおう、と応えると嬉しそうに目を細める鈴は、顔つきが二ヶ月前に比べて精悍になっていた。 黒目がちな釣った目、すっと通った鼻筋、薄い唇。 中性的というより青年寄りの顔に、一層磨きがかかったようでどうにも複雑だ。 女としては長身であることから、立ち姿も男にしか見えない。 「制御装置が完成した」 行くぞ、と顎をしゃくると、鈴は少し慌てたように隊士を指導している一角を見たが、すでに阿近が話を通してあったため、行って来いと手を振られていた。 今日の鈴は臙脂色の小袖と濃い鼠色の袴を着ていた。総隊長から支給されたものだという。 総隊長の趣味かはわからないが、鈴にとてもよく似合っていた。 鈴が男に見えてしまう要因の一つでもある、短く切られた黒髪は、櫛を入れた様子もなくぼさっとしている。見苦しく見えなければ、自分の外見や服装には興味がないらしく、自分が男に見えても特に気にしないのだという。 「これ飲んどけ」 薬の入った包みを渡すと、変な顔をされた。 「いつも持ち歩いてるんですか?」 「黙って飲め」 嘔吐したときの胃の荒れを緩和する薬は、鈴が道場稽古を始めてから持っていた。直接渡して、目の前で飲ませるために。 本人に渡しても、飲む前にあれをやろうこれをやろうと先延ばしにしてしまうからだ。 阿近さんって優しいですよね、と微笑む鈴の尻に蹴りをくれて、技術開発局へと急かす。 誰もがこいつを男扱いしているということが、女らしくなれない原因の一つかもしれない。 ふと、そんな考えが頭を過ったが、気にしないことにした。 (結局は女らしくしないこいつが悪い) |
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