三つ華 見習い編 | ナノ


05


「それでは、もらって行くヨ」

「ぐ?」


 立ち上がりかけた途端襟首を掴まれ、鈴の呼吸は一瞬止まった。

 襟首を掴んだ張本人である涅は、芸術的な顔を嫌そうに歪めて鈴を見下ろした。


「なんだネ? 喧しいネ」


 喧しいって…自分一言どころか一文字しか喋っていないんだが…。

 と鈴は言いたかったが、更木に遮られてしまう。


「こいつは俺の隊で鍛えるって話になっただろうが」

「わかっているヨ。けれど制御装置を作るために検査を受けてもらわなければならないからネ。すぐに返すからおとなしく待っていたまえヨ」

「涅や、鈴をそのままの状態で返すのじゃぞ」


 山本の言葉に涅は小さく頷いて、鈴の襟首を掴んだまま歩き出した。





* * *





「阿近!阿近はいるかネ!?」


 上司の声に、阿近はだるそうに椅子から立ち上がった。

 技術開発局が設立されから60年強の付き合いは、上司の声を聞けばだいたいの機嫌がわかった。

 尤も阿近が上司の機嫌によって態度を変えるほど可愛らしい性格なはずはなく、機嫌が悪ければめんどくさいと思い、良ければ高価な薬品の使用許可を求めてみるかと考える程度であった。


「へいへい。なんですか局長?」


 入り口の方に顔を向けた阿近は、涅の後ろから周りを興味深げに眺めながら歩いてくる人物に目を留めた。

 涅が何をしに一番隊の隊舎まで出向いて行ったかを思い出した阿近はあぁ、と納得した。

 涅は鈴の上衣を掴むと、投げるように阿近に向けて差し出した。


「その子どもを検査して、お前が霊力制御装置を作ってやるんだヨ。あと、そのままの状態で返すように総隊長から言われているのでネ」

「了解。投薬、改造はナシで採取だけっすね」


 鈴が冷や汗をかいたのを見ないフリをし、阿近は顎をしゃくって検査室の方へと促した。

 検査着を渡し、着替えるのを待っている間に検査の準備をする。

 珍しい霊体を研究できないことがよほど気に入らないのか、涅はとっとと局長専用実験室に行ってしまった。

 また滅却師(クインシー)の研究でもするのだろう。


「阿近さん」

「おう、終わったか」


 検査着に着替えた鈴に、椅子に座るよう促すと、彼女はふっと相好を崩した。

 突然微笑まれて、阿近は驚きに軽く目を見張った。


「阿近さんで合っててよかった。初めまして、十崎 鈴と申します」


 深く頭を下げる鈴に、阿近はしばし呆けたあと、ぽんっと自分の膝を打った。


「お前にとっちゃ初めましてだよな。阿近で合ってる。よろしくな」


 まずは採血するから腕出せと言われて、鈴は疑問に思ったことを聞いてみることにした。


「制御装置を作るのに検査が必要なんですか?」


 いや、と阿近は慣れた手つきで注射針を扱いながら答える。


「霊力のデータさえあれば製作は可能だ。けどたまにアレルギー持ってる奴とかいるしな」


 死神がアレルギーか…とぼうっと思った鈴に、阿近はだけどな、と続けた。


「どうせお前ここで生活するんだろう。瀞霊廷に住む死神は、全員分のカルテが四番隊と技術開発局に保管されてある。ついでだから今日は基本データ全部取るぞ」


 その後鈴は、身長体重などの計測から血圧、尿検査、アレルギー検査など、目まぐるしく連れまわされた。

 鈴の物怖じしない性格は、技術開発局員の異様な風体や研究に対して全く恐怖を感じることはなかった。

 愛想がいいと言うわけではないのだが、鈴が見せる微笑みは、周囲を和ませる力がある。それはとても好感が持てるものなのだが、女性というより、男性的な笑顔だった。

 普段恐怖や好奇の視線しか浴びてこなかった技術開発局の局員達に、鈴はたちまち大人気となった。

 行く先々で鈴がこんにちは、と挨拶をしたり、それは何をする機械ですか?など質問したりする度に、局員達は椅子や座布団を用意し、お茶や金平糖でもてなそうとした。





 その結果、阿近の「検査の後にしろ!」の怒号が技術開発局に何度も響き渡ったのだった。








(新しい人気者)





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