三つ華 見習い編 | ナノ


04


 18年生きて、突然死んだ。

 そのことについて、悲しくはあったが、死の先に新たな世界があったからこそ、自分が今己の死を悲しく感じているのだ。

 そう考えると、不思議な気持ちになった。





 一角と弓親と共に何もない空間の通路を通っている間、鈴はこれから行く場所についての説明を受けた。

 尸魂界、死した人間が行く場所。

 魂魄が来世までの期間を過ごすという流魂街。

 鈴はそこへ行かず、死神が住む瀞霊廷に向かうと一角は言う。

 鈴を襲った、虚と呼ばれる霊。それを斬り、一般の魂魄を尸魂界に導く死神。

 防衛本能とはいえ、霊圧だけで虚を消し飛ばした鈴は流魂街へは行けない。無意識に漏れ出している霊力は、流魂街に住む魂魄に影響を及ぼすだけでなく、虚を呼び寄せてしまう。

 迷惑をかけず、自分の身を守るために、これからの身の振り方を俺達死神の総隊長に訊くんだと言われて、鈴は神妙に頷いた。

 実際に虚と言うものを見てはいないが、全長数メートルが普通の化け物だと聞かされ、鈴はますます実感が持てなくなっていた。

 そんな化け物を殺す力が自分の中にあると言われ、これからそれを斬る死神になることになるかもしれない。

 鈴は少しだけ不安になったが、わからないことを悶々と考えても仕方がないと思うことにした。

 しばらく歩いていると、唐突に開けた場所に出て、鈴は驚いてきょろきょろと周りを見回した。

 白を基調とした石造りの建物。それはどれも大きく、装飾が最低限の簡素な佇まいだった。

 こっちだと言われて方向を変えると、三羽の地獄蝶はひらひらと違う方向に飛んでいった。

 彼らには彼らの居場所があるらしい。





 服を着替えろと言われて、簡素な和室に通された。和室ではあるが、壁は真っ白で天井が高い。

 中にいた女性に渡された着物に、着方を習いながら着替える。

 群青色の上衣と黒の袴という和装だったが、女性の振袖とはまるで違う着易さに、鈴はすぐ着方を覚えた。

 終始無言無表情だった女性に礼を言って部屋を出ると、弓親に似合うと褒められ、一角には男にしか見えないと笑われた。


「よし行くぞ、隊長達が待ってる」


 達?と複数形に首を傾げる間もなく、一角は隣の部屋の扉の前に立ち、声を張り上げた。


「十一番隊第三席、斑目一角。第五席、綾瀬川弓親。現世より娘を連れて参りました」


 返事の代わりに、重そうな両開きの扉がぎぃぃと音を立てて開く。

 促されて中に足を踏み入れると、鈴は部屋の奥に並んで立っている三人の風貌に目を見張った。

 一人は髭が、一人は髪型が、一人は顔が。なんか凄い。

 一瞬驚いたものの、挨拶をしなければと頭を下げようとした途端、鈴は全身に異様な重圧を感じた。


「ぐ…っ」


 全身から冷や汗が吹き出る。四方から圧迫されるような威圧感に潰されそうになりながらも、足を踏ん張って耐える。

 体の機能が正常に動かない。
 血が下がり、呼吸ができず、目も霞む。
 全身を絶えず刺され続けているような感覚。
 筋肉が弛緩と収縮を繰り返す。
 血が逆流する、心臓が暴れる、肺が潰れる。
 死


「はっ! 上出来じゃねぇか!」


 死という文字が頭の中に浮かんだ途端、楽しそうに言い放たれた低い声と同時に、異様な感覚は消え去った。

 体がふっと軽くなり、鈴はその場に崩れ落ちるように膝をついた。


「まさか我々三人の霊圧を受けて、立っていられるとはネ」


 先ほどとは違う声が聞こえたが、鈴にそれに反応する余裕はなかった。

 口の中がカラカラに乾き、ひゅーひゅーと音が鳴る。

 大丈夫かい?と背中をさすってくれる弓親に顔を向けると、彼も額に汗が浮き、かすかに息が荒かった。

 鐘のような頭痛がに顔をしかめながらもなんとか立ち上がると、いつの間にか一角が鈴の横に立っていた。


「左から十一番隊更木隊長、一番隊及び総隊長の山本隊長、十二番隊涅隊長だ」

「いきなりすまなかったのう。十崎鈴。しかし涅や、これほどの人材を実験体にするわけにはいかぬな」

「仕様がないネ。サンプルの採取だけで我慢するヨ」


 不穏な言葉が耳に届いたが、それは聞こえなかったことにして、鈴はもう大丈夫だと弓親に手振りで伝えて、姿勢を正す。

 それを見て、山本元柳斎重國は片眉をぴくりと上げた。

 全力ではないとはいえ、隊長三名の霊圧での威嚇を受ければ、下位席官でもしばらくは立ち上がれない。


「十崎 鈴よ。斑目から話は聞いておると思うが、お主には流魂街でなくこの瀞霊廷に住んでもらう。そこでじゃが、お主は死神になる気はあるかの?」


 予想外の質問に、鈴は困ったように眉を寄せた。


「死神になることは強制だと思っておりましたが…」

「そんなことはない。死神は育成機関である真央霊術院に入学し、難解な卒業試験そして入隊試験を合格してはじめてなれる職業じゃ」


 職業…なのか。

 鈴が黙っているのを迷っていると思ったのか、山本は安心するがよい、と続けた。


「死神と一口に言うても、護挺十三隊、隠密機動、鬼道衆と様々じゃ。どの道を行きたいかは後々選ぶとしても、お主には己の霊圧のコントロールと身を守る術を覚えねばならん。そこで、ここにいる更木隊長が、お主に修行をつけてくれる」


 と、山本は横に立っていた更木を指した。

 え、と鈴は思わず声を上げた。


「霊術院とやらに入るのではないのですか?」

「膨大な霊圧をコントロールできぬ者を霊術院に入れようものなら、生徒がばたばた倒れてしまうじゃろうよ」


 ふぉっふぉっふぉっふぉと笑われて、鈴は頬をほんのり染めて首をすくめた。そんな災害めいているとは思わなかった。

 涅が局長をしている技術開発局に霊力制御装置を作らせると山本は言い、鈴は静かに頭を下げた。


「だがコントロールのなってない霊力はいつ暴走するとも限らぬ。ここならいるのは一端の死神ばかりじゃから、問題なかろう。
 さて鈴、今一度問うが、ここで死神見習いとして暮らす気はあるかのう?」


 その言葉を聞いて、鈴は一瞬の間も空けずに膝をついた。

 床に手をつき、深々と頭を垂れる。








「ご指導ご鞭撻、よろしくお願い申し上げます」








(死神見習い、誕生)





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