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音を聞いた気がした。 肉が引き裂かれ、骨が砕ける音だ。 だが、痛みを感じたわけでもなく、すぐに意識を失ったから、気のせいだったのかもしれない。 そんなことをぼんやり考えていると、雲の中にいるような、もやのかかった視界が晴れてきた。 目の前に、自分が履いているものを同じ靴を履いた足が、自分と同じように倒れていた。 それがどういうことなのか理解する前に、4本の足が視界に入ってきた。 その足たちは、目の前に倒れている自分の体をすり抜けて歩いてきたように見えた。 ぼうっとする頭なりに、目の前に倒れている体は、自分の体に間違いないと、なぜか確信していた。 「まだ揉めてるらしいけど、とりあえず総隊長に引き渡せってさ。と言うわけで魂葬だよ、一角」 「あぁ…」 2人の男の声が、降るように聞こえてくる。 顔を上げたいのに、上がらない。 自分は路上に倒れているはずなのに、どこか浮遊感を感じ、周りの音もよく聞こえない。 それなのに、目の前に立っている男達の声は、頭の中に響くようによく聞こえた。 「悪かった…」 悔しさを帯びた侘びの言葉が聞こえた途端、すとんと意識を失った。 * * * 瞼を通して、光が流れ込んでくる。 うっすらと目を開けると、隙間から突き刺さってくる光に、思わず呻いた。 「眩しい…」 「ホラ! 一角の頭が眩しいってさ!」 独り言のつもりで呟いたのに、すぐ近くから声が上がって驚いた。 体が重くて思うように動かないので、目だけを動かして発信源を探す。 「あぁ? 朝日の所為だろうが」 「一角の頭が朝日の眩しさを倍にしてるんだよ」 笑いを含んだ声に、うるせーな、と不機嫌な声が飛んだ。 眩しさに目が慣れてきたころ、笑みを湛えた顔が目の前にあった。 美青年という言葉がぴったりとはまる、美しい男だった。 「起きられるかい?」 はい、ともいいえ、とも言わないうちに、背中に腕がさし入れられ、体を起こされた。 起き上がると、きらきらと光る、朝日とハ……スキンヘッドの後頭部。 ぼうっとしていた頭が覚醒していくにつれて、何かがおかしいことに気づき始めた。 「あの…」 「ん? ああ、僕は弓親、あっちは一角」 苗字なのか名前なのかわからなかったが、名乗ってもらったのだから、とだるさの残る体をなんとか動かして姿勢を正す。 「十崎 鈴です。…弓親さん、質問してもいいですか?」 「いいよ」 「浮いているように見えるのですが…」 「そうだねー」 いやいやいやいや、「そうだねー」ではない。 下を見るとはるか彼方に道路の上を走る、米粒のような自動車。 気温と風景からしてまだ早朝だからか、上に注意を払う人はいないようだ。 いたとしても、ここまで離れていたら気づかないか、鳥だとでも思うのだろう。 しかしわからないのは、なぜ浮いているのか、だ。 自分が座っている場所を、軽く叩いてみる。 がん、がん。 「…硬い」 呟いて納得する。 ここには見えない硬い何かがあって、自分達はそこに座っているのだと。 腕を目一杯伸ばして同じことをしようとすると、すかっと空振りして慌てた。 どうやらそれほど広くはないらしい。 「賢い子だね。話が早そうだ」 「そりゃあ助かるな」 感心したような弓親の声に、一角がくるりと体を回転させて座り直す。 目尻に紅が挿してある、鋭い目が鈴を見据えた。 よく見ると、彼らは真っ黒の着物を着ていた。 装飾ひとつない着物と、腰に差してある刀のようなもの。 顔には出さないが、鈴は目覚めたときから心の片隅に浮かんでいた考えが、間違いではないのだと確信しつつあった。 「十崎 鈴。お前は30分前に死んだ。これからお前の魂を、尸魂界に連れて行く」 「わかりました」 眉ひとつ動かさずにそう言った鈴に、一角はたじろいだ。 死んだばかりの人間のほとんどは、自分の死を理解しない。 理解したとしても、慌てたり、泣いたり、後悔の念を口走ったりする。 それなのに、この落ち着きようななんなのだろう。 諦めたというのとはまた違う、ただの事実と受け止めたといった風だ。 「もう一つ、質問しても良いですか? 一角さん」 鈴の表情は全く変わらない。 言ってみろ、と促すと、よく通る静かな声が、早朝のひんやりした空気に響いた。 「自分は、何に殺されたのですか?」 (体が僅かに震えたのは、きっと寒さの所為ではない) |
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