三つ華 見習い編 | ナノ


黒と銀の休日


 風が頬を撫でた気がして目を開ける。

 閉めた障子を通して柔らかくなった陽光を感じ、鈴は布団の中で寝返りを打った。

 するとくすりと笑う声が聞こえて、目を瞬かせながら体を起こす。鈴の枕のすぐ傍に、桜鼠の着流し姿の男…遊銀があぐらをかいていた。


「おはよう、鈴」

「遊銀…まだいたんだ」

「それ酷くない? 拙、泊まるって言っただろー」


 瞼を揉みほぐしながら欠伸をする鈴に、遊銀は不満そうに唇を尖らせる。鈴はそれを軽く無視して、身支度を整えるために立ち上がる。遊銀が部屋に泊まるのはよくあることだが、鈴が起きる前に消えているのが常だったため少なからず驚いたのだ。

 さっと顔を洗い、歯を磨いて着替える。今日は鈴には滅多とない休日なので、袴は穿かず翡翠色の着流しを身に着ける。弓親のおさがりなので少々派手だが、部屋着なので気にしない。

 朝餉をどうしようか頭の中で考えて、すぐにいいやと思う。空腹は感じていない。遊銀は朝餉を食べたのか一瞬気になったが、一瞬だった。考えるのも面倒くさい。


「鈴ー。ちゃんと顔洗ったのか?」

「うん」

「眠そうだぞー」

「眠い…」


 鈴が遊銀の隣に戻ったころには、すでに瞼は八割ほど閉じていた。どうにもやる気が出ない。予定のない休日だし、隣にいるのは遊銀なのでやる気を出す必要性はまったくないのだが。

 今にも舟を漕ぎ出しそうになっていた鈴は、耳の近くにちくりとした痛みを感じて目を開けた。二割。


「鈴髪伸びたねー」

「ああ…うん」


 欠伸を噛み殺しながら頷く。遊銀がくいくいと引っ張っている鈴の髪は、もうすぐ肩につきそうなくらいの長さになっている。前髪も目に入りそうだ。


「拙が結ってやろうか?」

「いい。結うくらいなら切る…」

「よし、拙が切ってやろう」

「え、いらない」

「遠慮しないしなーい」


 はさみーはさみーと引き出しを開ける銀色の後ろ頭を横目でみたが、まぁいいかと鈴は息を吐く。もともと自分の外見に頓着しない性格なのだ。

 どこで見つけたのか古ぼけた敷物の上に鈴を座らせ、遊銀は後ろに回る。

 もう何度目かわからない欠伸をすると、鋏の持ち手で頬を突かれた。

「切ってる最中に寝るんじゃないぞー。悲惨な髪形になっても拙しらないからな」

「努力する…」


 第一の努力として軽く頬の内側を噛んでいると、しゃきん、しゃきん、と鋏が鳴り始めた。部屋の中は静かで、その音は規則的に響いた。


「鈴ー」

「んー…?」

「寝てないなー?」

「んー…」

「何その返事。拙は心配だぞー」

「んー…」


 なんでこいつに髪なんて切ってもらってるんだろう、とぼんやりした頭の中で首を傾げる。そもそも、今日は鈴は休日だが十三隊は通常運転だ。隊長のくせにさぼっていいのか?

 再び降りてきた瞼をこじ開ける。三割。


「遊銀…」

「よしよし起きてるなー。なんだー?」

「仕事さぼってこんなことしてていいのか?」

「仕事ー?」

「隊長となれば勝手は許されないんだろう? いやまぁ多少の勝手は許されることは更木隊長を見ててわかるけど…さすがに仕事はしてる。書類仕事はしないけど」


 あ、そこが問題なのか、とひとり突っ込んでいると、額に遊銀の手が触れた。鈴の横へと体をずらした遊銀の、桜鼠の着流しが視界に入った。

 しゃきん、しゃきん。切られていく前髪が、鈴の膝に落ちる。眠い。ああ眠い。


「んー、前から気になってはいたんだけど、鈴はなんで拙を隊長だと思ってるの? 拙隊長じゃないんだけど」

「眠い……っ、はぁ!?」


 じゃきん!

 鋏が嫌な音を立てたのと、突然鈴が振り返ったことでのけぞった遊銀の胸ぐらを、鈴は問答無用で掴みあげる。眠気は完全に吹っ飛んでいた。


「えええ君隊長じゃないの?」

「んー、というかなんでそんな話になったのさー?」

「なんでって…」


 言われて、止まる。なんでって、なんでだっけ…。着流しで歩き回ってるからだっけ、銀髪だっけ…酒好き? 遊銀の特徴なんてそれくらいしか思いつかない。

 二の句が継げずに唖然としている鈴に、遊銀はこてんと首を傾げる。不思議でしょうがないといった顔に、苛っときた。胸ぐらを掴む手に力を込める。


「自分は今日までずっと君を隊長だと思って接してきたんだけどどうしてくれるのさ。ええ?」

「そんなの拙関係ないもん」

「もんとか言うな鬱陶しい」

「鈴チンピラみたい怖い。てかこの三年鈴に敬われた感じないんだけどなー。確かに初期に謎の敬語はあったけど」


 それだよそれ、と思いながら鈴は脱力する。まぁ確かに敬ったことはないが。敬語を使っていた初期でさえも。勝手に酒を飲む迷惑な奴としか思っていなかったが。


 今はまぁ…友達だけど。


 桜鼠の着流しから手を離して顔を上げると、銀色の瞳がきょとんと見返してくる。

 そういえば。


「隊長じゃなかったら、君はなんなんだ?」

「うんそれより鈴、鏡見て。拙やっちゃった」








の休日








(前髪がああああっ!)

(うるせぇぞ鈴! 廊下まで聞こえぶほぉぁっ!)

(一角さんいきなり笑わないでくださいこいつの所為でああっ! あいついない畜生!)








<< >> top
- ナノ -