三つ華 見習い編 | ナノ


メイドと客人


 まるで、一枚の絵のようだった。朽木家自慢の庭園を、足音も立てず悠然と歩いてゆく、青年の姿は。

 緩やかな風になびく黒髪、地面に咲いた花を見て優しげに細められた黒い瞳、顔の刺青がいっそ上品に見えるほど、洗練された青年だ。

 言い訳に聞こえるかもしれないが、足を止めたのは青年の姿に見惚れたからではない。朽木家の家女中として、庭園には許可なく立ち入ってはいけないと注意すべきか悩んだからだ。

 彼は自分が知っている限り七回、この屋敷を訪問している。前当主の客人だと聞かされているが、どういう人間か知らされていないのだ。貴族ではないからかしこまる必要はないと言われただけだ。

 貴族ではないとのことだが、着物は上質なもので、立居振舞いも粗野な感じはない。刀を持ち歩いてもいないので、死神でもないのだろう。死神であるなら現当主の在宅を気にしそうなものだが、そんな素振りは一度もなかった。

 相手の身分がわからないというのは対応に困るものである。どうするべきか迷って動けずにいると、青年がくるりと振り返った。目が合い、薄い唇に笑みが浮かんだのを見た途端どきりとした。


「こんにちは」

「あっ、は、はいっ」


 挨拶された。はいって言っちゃった。はいは違った。慌ててしまったが、彼…十崎様は気にした様子もなく、素敵なお庭ですよね、と庭園を見渡した。


「銀嶺様の用事が長引いているとかで、ここで時間を潰すよう言われたんですが、とても綺麗な場所ですね」

「ええ…庭師が毎日手入れしておりますので」


 許可があったことに安心しつつ笑顔を返すと、十崎様はその場にしゃがんで花に向かって手を伸ばした。着物が汚れることを気にする様子もないその素振りは、貴族にはないものだ。


「お気に召したものがありましたか?」


 先ほどから、彼は同じ花に何度も視線をやっているようだったから、そう声をかけてみた。何度も言うようだが決して見惚れていたわけでは…いえ、見惚れていました。

 十崎様はあまり背の高くない、黄色の花を見て微笑んだ。茎に触れてはいるが、手折ることはしない。


「ええ、自分は花のことはよくわかりませんが、あの人に似合いそうだなと思って」


 意中の人がいるらしい。残念だなと心の中で溜め息をついたがそれも一瞬だ。家女中の身で客人に色目を使うわけにもいかない。目の保養ができるだけ万々歳というものだ。


「少しくらいなら、お持ち帰りになられても大旦那様は許してくださいますよ」

「うん。好きなだけ持って行って構わないと言ってくださった」


 少しだけ砕けた口調に嬉しくなると、十崎様はでも、と苦笑した。


「あの人は花なんて飾らないだろうし…あげても困らせるだけな気がするから」


 憂いを帯びた表情に、胸がきゅっと収縮した。彼に花を贈られて困る人などいるのだろうか。残念そうに彼の手の中で揺れる花を見ているうちに、ある考えが頭に浮かんだ。


「あの、その方は本とか読まれますか?」

「え? 本ですか?」


 不思議そうな顔をされて、なぜか慌ててしまい早口になる。


「いやあの、本を読まれるのなら栞に、押し花にしたらどうかなって。今から作れば、十崎様がお帰りになるまでに乾かします! 乾かしてみせますっ」


 一気にそう言ってしまって、はっと我に返る。十崎様のぱちくりと開いた黒い目を見て、顔が燃えるように熱くなった。

 恥ずかしい。すごく恥ずかしい。残念そうな彼の顔が、かわいそうで、つい口走ってしまった。ああこの人大旦那様のお客様なのに。私ただの家女中なのに。でしゃばっちゃった。


「えとあのほんと言ってみただけなんですすいませんほんと差し出がましい」

「嬉しいな」

「身の程をわきまえていませんでした申し訳…え?」


 下を向いてぶつぶつ言っていた顔を上げると、十崎様が茎に触れていた手に力を込めることろだった。指細いな。でも指関節は少し節くれだってて、なんか色っぽい。

 ぷちり、と音を立てて手折られた、菊に似た小さな黄色の花。


「作り方、教えてください」








メイドと客人








「え、直接渡せないんですか?」

「うん。最近お忙しくて、会いに来てくれないんだ」

「じゃあ、どうやってお渡しするんです?」

「戦って、勝たなきゃなぁ」

「?」


 十崎様って不思議な人だ。 
 

 






(一角さん、今日二番隊に書類を持っていく人がいたら勝負させてください)

(砕蜂隊長に伝言か?)

(届け物をお願いしたいんです)

(届け物なら二本取れよ)






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