三つ華 見習い編 | ナノ


じゃあ、何?


 鈴は、射場さんに懐いている。


「そういえば鉄さん」

「なんじゃ」

「芋焼酎の【藍霞】をいただいたんです」

「あの幻のか! そりゃあええのう」

「はい。夕食の後に一緒に飲みませんか」


 鈴は人懐こい性格ではないが、射場さんが面倒見の良い人の所為か、酒好きという共通点がある所為か、たまに酒盛りをしているようだ。尤も鈴は私用では外に出られないので隊舎の中でだが。

 外に出られないにもかかわらず、鈴の部屋に大量の酒がある。総隊長や阿近の奴からもらうらしい。朽木家に通うようになってからはさらに増えている。何度か入ったことはあるが、小料理屋レベルの品揃えだ。


「鉄さん。後でこっそり鬼道の修行に付き合っていただけませんか?」

「かまわんが、こっそりやることでもないじゃろう。お前さんが入隊試験を受けるのに必要な修行じゃけぇ」

「そうなんですけど、見つかると平の皆さんがいろいろうるさいんです。鉄さんはいいですよ。四席だから」


 入隊試験が近づくにつれ、鈴と射場さんが一緒に行動することが増えた。試験は斬・拳・走・鬼を判定するものだ。砕蜂隊長の修行を受けているとはいえ、相手が二番隊では気軽に修行をつけてはもらえない。だから、十一番隊の中でも鬼道もバランスよく使える射場さんのところに鈴が行くのは当然のことだ。


「なーにしてるんだい? 一角」

「弓親」


 呼ばれて振り返ると、弓親の笑顔があった。一角が眉を寄せると、満面の笑みのまま隣にやってくる。


「楽しそうな会話を盗み聞きかい? 趣味がいいねぇ」

「悪いだろそこは。つか盗み聞いてねぇよ」


 勝手に話し始めやがったんだ、と呟く。道場の屋根の上で一角が寝ていたら、その真下から鈴と射場の会話が聞こえてきたのだ。弓親はゆっくりと腰を下ろした。


「最近、砕蜂隊長が忙しくて鬼道の修行時間が取れないらしいからね。鈴も鉄さんに頼るしかないよねぇ」


 僕らじゃ力になれないし、とあっさり放たれた言葉に、一角は無意識に拳を握る。

 剣ならともかく、一角には教えられるほどの鬼道の技術はない。そもそも、一角は鬼道の必要性を感じていない。剣の腕さえあれば問題ないと思っている。だがそれではいけないのだ。総隊長は、試験で結果を出さないと鈴の入隊を認めないと言っている。


「鉄さんが羨ましいかい? 一角」

「はぁ? なんでだよ」

「【藍霞】なんて滅多とお目にかかれない珍品だよ。さすが朽木家」

「そっちかよ。お前が頼めば鈴は飲ませるだろ」


 投げやりに言うと、弓親はにたりと笑みを深くした。


「そっちって、一角は何のことを考えていたんだい?」

「うるせぇよ」


 やけに絡んでくる弓親を追い払うように手を振る。屋根の下の会話はいつの間にか終わったらしく、もう何も聞こえない。未だにたにたしている弓親とは視線を合わさずに呟く。


「羨ましいとか、そういうじゃねぇよ」

「じゃあ、何?」


 からかうような笑顔なのに、弓親の声音はやけに鋭く頭の中に響いた。


「あ、一角さんいた」


 すぐ後ろで呼ばれ、一角はびくりと肩をすくめて振り返った。

 すると先ほどまで下にいたはずの鈴が、屋根の上で器用にバランスを取ってこちらを見ていた。


「弓親さん、自分が一角さんの居場所を訊いたとき知らないって言いましたよね?」

「ここかなとは思ったけど、確証なかったしー」


 ぺろりと舌を出す弓親に、鈴は眉を上げた。まったくもうと呟きながら、軽い足取りで歩いてくる。


「一角さん、時間外稽古をお願いできませんか? 夜中でも、今日が無理なら朝でも構いません」

「そりゃあ、かまわねぇが…」


 驚いて口ごもってしまった一角に、鈴は首を傾げた。あたたかい午後の日差しが降り注ぐと、鈴の黒髪が不思議と濃さを増した。髪、瞳、そして刺青と、顔の半分が黒で覆われているのに、鈴のそれはなぜかいつも明るい。


「射場さんに修行に付き合ってもらうんじゃねぇのか?」


 盗み聞きを白状したも同然の問いかけだったが、鈴に気にした様子はなかった。むしろ何言ってんだがと言わんばかりの顔をされた。


「鉄さんには鬼道の修行を見てもらうんです。一角さんには、剣です」


 朝起きて夜寝るのだというような、あたりまえのことを語る口調で鈴は言った。


「自分の、一番の剣の師は一角さんです。だから自分に時間をください。試験までに、少しでも剣の腕を高めたい」


 まっすぐな視線を受けて、一角が無意識に頷いてしまったことに気づいたのは、鈴が笑顔でありがとうございます。じゃあ夕食後に話しましょう、と言って背を向けたからだ。



【一角さんには、剣です】



 涼しげな声が、頭の中でこだまする。

















(その答えが、一瞬見えたような気がした)

(単純な男だねぇと、弓親が笑った)






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