三つ華 見習い編 | ナノ


あめとあまえ


「二時に迎えに行くと俺は言ったはずなんだが?」

「僕にそんなこと言われてもねぇ」


 肩を竦める弓親に、阿近は眉を寄せた。三時稽古前の休憩時間を指定して、わざわざ迎えにきたというのに、目的の人物の姿はない。


「あいつは約束した時間に遅れたりはしねぇから、どっかで捕まってるんじゃねぇか?」


 水を飲みながらけろっと言う一角を、弓親は素早く目配せして咎めたが遅かった。阿近の眉間にさらに深い皺が刻まれる。


「ほぉ…。俺はこの三年の間検診に来いという約束を破られっぱなしだがな」

「あ、そうか。大変だなお前も」


 悪びれた様子のない一角に阿近が鋭い視線を向ける前に、弓親は体を斜めに向けて遮った。宥めるように手を前に出す。


「まぁまぁ。鈴は阿近さんに甘えてるからだよ。今日は外出の予定はないし、きっと隊舎の中にいるはずさ」





* * *





「甘えてるねぇ…」


 阿近は十一番隊の敷地内をふらふら歩きながら呟いた。よく晴れた午後の日差しがあたたかい。普段局内にいる自分には眩しすぎるくらいだ。

 そういえば、と思う。鈴が来てから阿近は技術開発局の外に出ることが増えた。鈴に検診を受けさせるために捕獲に行ったり、無茶をしていないか様子見に行って治療したり。


「俺が、甘やかしてんのか?」


 自問して、すぐ首を振る。まさか。会えば一回は蹴りを入れてる。

 ないないと頷いて、外に出る。鈴がよく一人で修行している場所へと足を向ける。柔らかい草が生えた原っぱに、黒い塊が見えた。


「いた」


 溜め息をついて近づく。鈴は木の傍で丸くなって眠っていた。黒ではなく、黒に近い緑色の小袖と袴に、木漏れ日が降り注いでいる。

 蹴り起こしてやろうか迷ったが、やめて阿近は鈴の隣に腰を下ろした。両膝を曲げて眠る鈴は、規則的な寝息を立てていた。

 草の上に広がった小袖の裾に触れると、ほかりとあたたかい。鈴のことだから仮眠のつもりだったのだろうが、ここまであたたまるほど眠り込んでしまったらしい。


「お前なぁ…俺がいつまでも迎えに来てくれると思ったら大間違いだぞ」


 頬の刺青を指で突くと、僅かに眉が寄り、唸り声があがる。つか、起きろ。

 阿近が鈴に彫った、大輪の黒い花の刺青。その中心を指でぐりぐり潰しながら、目を細める。


「んー…」

「んーじゃねぇよ。ばかやろう」


 寝返りを打った鈴が仰向けになる。その腹の上に頭を載せて寝転がると、木漏れ日が目の上に注がれ、思わず閉じる。

 呼吸のため小さく上下する鈴の腹は、以前治療で触れたときより硬さを増していた。どんどん女から遠ざかってやがる。


 意識が薄らいでいく。

 つかあったけぇなここ。


「来週に、延ばしてやるか」


 欠伸まじりに呟いて、阿近は眠気に逆らうのをやめた。

 やめてしまえば、一瞬だった。

















(結局三十分くらい経ったころに鈴に起こされた)

(開口一番謝ってきたので、まぁよしとすることにした)





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