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遊銀と話し、弓親と話した翌日の早朝、朝稽古前の掃除をするために道場にやってきた鈴は、先客がいたことに目を丸くした。 「隊長」 特徴的な髪形に長身の更木が道場の中央に仁王立ちになっていると、早朝の空気がすっと冷えるような気がした。 鈴は立ち止まって礼をしてから、更木に近づく。いつも肩か背中にいる副隊長はいない。きっとまだ寝ているのだろう。 「お早いですね、隊長」 「おう」 朝稽古にはもちろん更木も参加するが、隊長である彼は全員が集まり準備も何もかもが完了してから現れるのが常だから驚いたのだ。 珍しいこともあるものだと思いながら、鈴は金バケツを置いて掃除に取りかかる。埃を払い、絞った雑巾で床を拭き清めている間も、更木はなぜか立ったままだった。 正直邪魔だなと思ったが口には出さない。そんな恐ろしいことはできない。 「おい、鈴」 「はい」 あらかた掃除が終わったころ、楽しげな声で名前を呼ばれた。手に付いた水滴を拭って振り返ると、両の口の端をつり上げて笑う更木の顔があった。 凶悪と言っていい顔立ちだが、本当に楽しそうに笑う。そんな更木の笑顔は好感が持てると鈴は思っている。賛同者は少ないが。 「なんか悩んでるそうじゃねぇか。面からはそうとは思えねぇがな」 「なぜ」 驚きすぎて、かなり間抜けな声が出た。もう少し愛想よくしろとよく言われるのに、悩んでいる顔や弱っている顔はわかりやすいのだろうか。 「山本のジジイが言ってただけだ。…で、どうなんだ?」 なるほど。納得した。弓親が言ったにしては早すぎると思ったが、まさか山本にまで見抜かれていたとは。 やっぱり年の功なのか。それもそうか。千年以上の差に敵うわけがない。 思わず笑ってしまって怪訝な顔をされたので、鈴は笑ったまま静かに更木に向き直る。 「悩んでいました」 きっと、更木なら一笑に付すような、吹けば飛ぶような悩みだろう。 だが自分は悩み、苦しみ、信頼できる人に相談した。真剣に悩んだ。 そして、結論した。 「この悩みは、斬って捨てることにしました」 逃げ出すことも、斬って捨てることも、どちらも選んで構わない選択だった。 【虚に殺される人を見たくない】 この望みを叶えたいから、自分は逃げ出さないことを選んだ。 「そうか」 更木が笑った。とても楽しそうに。 「はい」 鈴も同じ笑顔になるように努めながら、笑い返した。 三年後、鈴は死神になるために、護挺十三隊の入隊試験を受ける。 (隊長と笑っていたら、入ってきた一角さんに開口一番その顔やめろと言われた。なぜだ) |
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