三つ華 見習い編 | ナノ


15


 前当主が連れてきた青年(ではないが)を、朽木家筆頭家老だという小柄な老人は上から下までじっと眺めた。

 右頬の刺青とぼさっとした短い黒髪には、少しだけ長く視線が向けられたが、何も言うことなく邸へ上がるよう促された。どうやら合格したらしい。

 鈴は着物を用意してくれた山本元柳斎に心の中で感謝しながら、銀嶺の後について歩き出す。外から見たときも思ったが、朽木家の屋敷は荘厳で、硬質な美しさを持っていた。

 話を聞きたいと呼ばれたが、鈴の話は短いので邸に向かう車の中でほとんど終わってしまった。

 銀嶺に質問されるままに、尸魂界にきて護廷十三隊に見習いとして入った経緯や、どんな生活をしているかなどを話した。この一年半、鈴が寝食し修行をしている場所が十一番隊だと話したときは、なぜか驚いたように目を丸くされた。

 応接室と思われる場所に通され、鈴が座ったタイミングで女中がお茶と菓子を持って現れた。緑の濃い、甘い茶を一口飲んで銀嶺がふっと微笑んだ。


「鈴、改めて我が家の者を救ってくれたことに感謝する」

「とんでもありません。銀嶺様」


 車の中で話をした短い時間の中で、鈴と銀嶺はすっかり打ち解けていた。礼儀正しく、淡々と話す鈴を銀嶺はすっかり気に入っていた。


「先ほどの鬼道や体捌きを見る限り、鬼道、白打に関してはいつ護廷十三隊の入隊試験を受けても問題なさそうだ。十一番隊にいるのなら剣術の腕も相当なものだろう。今年の試験を受けるのかね?」


 自身が過去に隊長をしていたという銀嶺の言葉に、くすぐったい気分になったが苦笑して首を振った。


「いえ、自分はまだ世間知らずです。尸魂界や死神についての講義を受けるよう言われているのですが、隊長に剣の修行を優先させられてまだ数回しか」


 修行は楽しいからいいのですが、と鈴は小さく笑う。鈴の言うところの【隊長】は更木のことだ。銀嶺は呆れた表情を浮かべる。


「それはいかんな。筆記試験もあるし、最低限のことは知っておく必要がある」


 言ってから、銀嶺は顎に手を当てて何やら考えるような素振りを見せた後、ぽんと膝を打った。


「鈴。明日もここに来なさい」

「は?」





* * *





「と、いうわけでしばらく朽木家に通うことになりました」

「相わかった。朽木家ならば安心じゃて」


 山本から了承の言葉を受けて、鈴は安堵の息を吐いた。

 尸魂界の歴史や死神についての話を聞かせてくれるという銀嶺の申し出を、最初は申し訳ないと断ったのだが、今後も話し相手になってくれると嬉しいやら鈴が死神になるのを楽しみにしているやらなんだかんだでほだされて、最終的には頷いてしまった。

 山本は湯呑を持ったまま少し眉を上げた。朽木家とは違い、一番隊で出されるお茶は少し苦いが、するりと喉を潤してくれる。


「鈴や、お主のことじゃから朽木家に通えば筆記に合格する程度の知識はすぐ身に付くじゃろう。そろそろ入隊のことを考えてはどうじゃ」

「そう、ですね」


 鈴は曖昧に笑って、茶菓子の練り切りを口に運ぶ。白餡の上品な甘さが、舌の上でほろりととける。さすが朽木家のお土産。

 山本はふむ、と頷いた。


「更木のやつは入隊試験などせずに今すぐ鈴を十一番隊に入れろと言って聞かぬし、砕蜂は鈴の身体能力を生かすには隠密機動が一番だと言うてくるしのう」


 驚いた。更木の話は何度か直接言われていたから知っていたが、砕蜂がそんなことを山本に話していたとは思いもよらないことだった。

 今度は苦笑でなく、心からの笑みが零れた。自分がまだ未熟であることはわかっているが、敬愛している師達の言葉はとても嬉しかった。


「想定外のことではあったが、お主に虚を見せる機会ができてよかったわい。霊術院で行っているような実習ができるように手配しよう。入隊試験の前に、少しでも数をこなさぬとな」


 いつの間にか、鈴が試験を受けることが決定したかのようになっている。

 鈴は笑みを消し、眉を下げた。

 心に、黒くて重いものが乗っているような、そんな気がした。








(自室に戻る途中、空を見上げた)

(今日の月はどこか冷たく、美しかった)






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