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夜。自室に戻ると知らない男がいた。 「あ、おかえりぃー」 きらきらと光る、銀髪の男だ。 着流し姿のその男は、にんまりと笑って杯を持った手を振った。とろりとした白のそれは、この部屋の食器棚にあったはずのもので間違いない。 「ただいま…」 とりあえずといった風に返事をすると、男は楽しそうに頷いて酒を飲み干した。 男の顔はどれだけまじまじと見ても覚えがなかったが、鈴はとりあえず風呂場に直行することにした。 先ほどまでやっていた、連続での仕合いや更木自らの稽古のおかげで身体中が汗でべたべただった。これ以上一秒だって我慢したくない。 「風呂に行ってくる」 「いってらっしゃーい」 間延びした声に送られて、風呂に向かう。脱衣所で袴を解いていると、緩やかな鼻歌が聞こえてきた。 結局、あれは誰なんだ…。 * * * 「あ、おかえりぃー」 「まだいた…」 帰ってきたときとまったく同じことを言われて、さすがの鈴も今度は突っ込んだ。 男は丸くくり抜かれた窓から月明かりを浴びて、とても気持ちよさそうに目を細めた。 肩にかかる銀髪に、通った鼻筋、涼やかな目は銀灰色。総合して外見の年齢は阿近と同年代といったところだろうと判断する。 美しい銀髪男は、我がもの顔で鈴の布団の上で足を伸ばしている。いつの間に敷いたんだ? 否、朝から敷きっぱなしだったかもしれない。 「何しているんだい? こっちきなよ。鈴、眠いんだろう?」 男がぽんぽんと枕を叩く。確かに今鈴はとても眠かった。 だが、眠気だけの問題でなく、普段から考えが表情に出ないので、眠いのだろうと当てられたことに驚いた。 傍に立つと、男の喉がこくりと鳴り、酒を飲み下したのだとわかった。 頬に影を落とす銀色の睫毛を見ていると、男がゆるりと笑った。 「拙はまだしばらくここにいるから、先に休むといい」 「いや、鬼道の詠唱の復習をする予定で…っていうかここは自分の部屋なんですが。そもそも貴方はッ…」 誰だと続けようとする前に、腕を引かれて強制的に布団の上に座らされた。柔らかい布団の感触に、一気に眠気が全身を覆った。 ころり、と効果音がつきそうな感じに転がされて、反論する間もなく掛布団の心地よい重みが体にかかる。 「おやすみ、鈴」 細い指が、静かに鈴の髪を梳く。どんどん重くなる瞼に最初の方は抗ってみたが、すぐに止めた。 不思議と、最初からこの男に対して警戒する気持ちは沸かなかった。 眠りに落ちる、その最後に見えたのは男が着ている着流しの、けぶるような桜鼠の色。 「あまり拙に心配をかけるなよ」 そんな言葉が聞こえたような気がしたが、そんなことを言われる謂れがないので、聞き間違いかもしれない。 翌朝目覚めると、空の一升瓶が杯と共に床に転がっていた。 昨日までは栓を開けてもいなかったはずのそれを見て、鈴はぽつりと呟いた。 「片付けていけよ…」 (おはようございます阿近さん顔が近いですほら周りが変な目で見てます近いですって) (今日はいつもより顔色がいいな。よく寝たか?) (いつもよりは…ってこの近さは逆にわからないんじゃ…) |
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