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客が来ているから行け。 一角にそれだけ言われた鈴は、一瞬迷ってからとりあえず茶を用意することにした。隊舎にある中で一番高級な茶葉に湯を注ぐ。 盆に茶菓子の羊羮と一緒に載せて、十一番隊では年に一度使われれば良い方だと言われている応接間へと向かう。 途中、道場がある方向から更木の声が聞こえた気がしたが、客が来ているのだからいるはずはないと思いスルーした。 「失礼致します」 声を掛けてから襖を開けると、向かって右側に座っている人物がすっと立ち上がった。猫のようなしなやかな動きに、思わず鈴は目を瞬かせた。 小柄なその人物は、眉間に深く皺を刻んで鈴を睨み付けた。 「遅い! この私を待たせるとは何のつもりだ!」 突然の叱責に、思わず盆を落としそうになった。 * * * 「大変失礼致しました。十崎 鈴と申します」 まさか自分の客だとは思いませんでしたと真顔で言う男に、砕蜂は溜め息をついた。 十一番隊は伝達ひとつまともにできないのかと呟いて、湯呑みを手に取る。口をつけると、さらりとした苦味が喉を通っていく。 「二番隊隊長、砕蜂だ。総隊長に貴様の鬼道の師となるよう頼まれた」 鈴と名乗った死神見習いは、きょとんと目を丸くした。裏葉柳の小袖に薄鈍色の袴という、護廷十三隊の中では明るい色彩のものを着ているが、砕蜂の鈴に対する印象はまず黒だった。 ざっくりと短い黒髪と、黒曜石を割ったような瞳。そして何より目立つのが右頬に彫られた黒の大輪の花の刺青だ。 霊力制御装置だというそれを、じっと見つめる。集中してみると、黒い花が鈴の霊力を抑え付けているのがわかった。反対に、霊力を垂れ流している鈴本人はまったくそれをしていないことも。 「鬼道は霊力を使う術だ。死神になるために欠かせない、斬・拳・走・鬼のうちのひとつだ。これが人並にこなせないようでは死神にはなれない。というより、霊力をコントロールできないならまず鬼道を習得するべきだろう。何を考えているんだ総隊長も更木も」 一気に喋ってから茶を飲み干す。苦笑いを浮かべている鈴を見て、総隊長である山本の言葉を思い出した。 隊長レベルの霊力を持ちながら、それを制御することができない鈴は、爆弾のようなものだ。暴走すれば何が起こるかわからない。 だから山本は十一番隊に鈴を預け、技術開発局以外への外出を禁じ、阿近に制御装置を作らせ、二番隊の隊長である砕蜂に鬼道の師となるよう言ってきた。 万が一暴走した際に、確実に対処できるように。 「砕蜂様が、自分の新しい先生というわけですね」 静かな声音で言葉を紡ぐ鈴は、暴走などというものとは無縁に見えた。 だが、霊力は時として本人の意思とは関係なく暴れる。実際制御装置完成前は被害も出たらしい。 【じゃが、鍛え上げれば大きな戦力になりそうでのう】 ふぉっふぉ、と笑う声を思い出して無意識に頷いた。鈴とは初対面だが、その点に関しては同感だ。 「よろしくお願いします。砕蜂様」 正座をした状態で、鈴は手をついて頭を下げる。三ヶ月も十一番隊にいて、よくこの性格を保っていられるものだ。 「鈴、貴様に鬼道を基礎から、そして白打の応用も教えてやろう。隊長である私の時間は高くつくぞ。覚悟しろ」 「努力します」 この礼儀正しい青年が、実は青年ではないことを砕蜂が知ったのは、六十番台の鬼道の訓練に突入してからだった。 (砕蜂様が来てくださる日は、十一番隊にも華が咲いて有難いですね) (鈴、それ自分自身にも副隊長にも失礼だって気づいてるかい?) |
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