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「鈴、街で鯛焼きと金平糖を買ってこい。三時の道場稽古までには戻れ」 言葉と同時に投げられた小銭を受け取って顔を上げると、すでに更木隊長は消えていた。 言われた言葉の意味を頭の中で復唱していると、さっさと行けと一角さんに頭を叩かれた。 もう少し感動させてくれてもいいと思う。 死神見習いになって五ヶ月。護廷十三隊の外に出るのは、これが初めてなのだから。 * * * 「金平糖を一瓶ください。一番色が綺麗なものだと嬉しいのですが」 教えてもらった和菓子屋で金平糖を買い終えた鈴は、ふらふらと寄り道をしながら鯛焼き屋を目指していた。 阿近に制御装置ならぬ制御刺青を入れられてから二ヶ月、鬼道の修行の甲斐あってようやく外出が許可された。 護挺十三隊の外に出てしまうと、死神ではないものもいる。平隊士が倒れてしまうほどの霊圧を発してしまうようでは外出は許可できないと言われていたので、鈴にとってはこれが初めての瀞霊廷の街だ。 無給なので、店を冷やかすしか今はできないが、中をじっくり見たいと思った店の場所をいくつか記憶して、鈴は鯛焼き屋に向かう。 「誰も気絶していないといいけど…」 ついつい、立ち止まっては周りに気絶者がいないか確認してしまう。 十一番隊の隊士なら気絶してもそれほど気にはならないが、一般人だと問題だ。貴族が歩いていることもあると言うし。 「きゃっ」 「あ」 胸に衝撃を感じて前を見ると、鈴とぶつかったと思われる小さな女の子が後ろに倒れようとしていた。 反射的に少女の腕を掴み、引き寄せる。 がくん、と揺らいだ少女の肩をもう一方の手で支えた。 「申し訳ありません。余所見をしていて…大丈夫ですか?」 「は、はいっ! 大丈夫です!」 僅かに頬を染めて頷く少女は、鈴より少し年下といったところだった。背が小さいので、もっと子どもかと思った。 鈴は丁寧に頭を下げる。 「本当に申し訳ありません」 「いえ、私も考え事をしてて、すみませんでした…」 「雛森ー!」 大きく響いた声に、少女が跳ねるように振り返る。 赤い髪と金に近い茶髪の、青年が二人。大きな荷物を抱えてこちらを見ていた。 そこで鈴は、彼らが真っ黒の着物…死覇装を着ていることに気づいた。 「あの、ありがとうございました!」 「いえ」 ぺこりと頭を下げる少女に、鈴は微笑を浮かべた。 小走りに駆けていく後ろ姿を見送ると、少女の腰には、少しミスマッチな刀がある。 自分も、あのような格好をする日が来るのか。 想像してみるとあまり違和感がなかったので、鈴はどこかほっとした気持ちになりながら、鯛焼き屋に足を踏み入れた。 * * * 「かっこいい人だったなぁ…」 「どうしたんだい? 雛森くん」 「え? う、ううん。なんでもないよっ」 「ボーっとしてんな。早く戻らねぇと同期の奴らがうるせーぞ。つか何で俺らが買い出しなんだよ」 「好きなもの買ってきていいって言われたんだからいいじゃないか」 「もう三時だよ! 二人共急ごうっ」 「やべぇ! 走るぞっ!」 「阿散井くん鯛焼き一個落ちたよ!」 * * * 「鈴、鯛焼きはどうした?」 「鯛焼き屋でまさかの全種類買い占めが起こったようで。次が焼けるのを待っていたら間に合わないと思い諦めました」 「それは運が悪かったねぇ」 「あ、これやちる様の金平糖です」 「わぁーい! ありがとりんりん」 (その日の三時稽古はいつもより厳しかった。鯛焼きは時に隊長の機嫌を左右する) |
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