赤だ青だと喧嘩はおよし
久しぶりに街に降りたら、アレッシオと出会った。
しばらく世間話をして別れる際に手渡された、真っ赤な林檎が2つ。
ひとつはユキ様にと言われたけれど、彼は知っているのだろうか。
彼女が林檎を求めるのは、憮然とした表情の最強の守護者のためだということを…。
赤だ青だと喧嘩はおよし
『ねぇ、なんでこれは青いんだい?』
その声が聞こえたのは、屋敷に着いてもらった林檎を齧りながら廊下を歩いていた時だった。
開け放された食堂の扉を見つめ、口の中の林檎を飲み下して足を止める。
聞こえてきた不機嫌丸出しの声は間違いなく、ボンゴレ最強の守護者・アラウディさんのものだ。思わず足も止まるってものだものね。
好き好んで不機嫌な彼の視界に収まるつもりはない。
『んと…赤くなる前に収穫したからだと思いますけど』
困ったようなユキの声が聞こえて、ほっと息をつく。ユキがいるなら安心だものね。
彼女は決してアラウディさんより強いわけではない(そんなひとはボスくらいしかいない)が、彼女が傍にいる時のアラウディさんは比較的穏やかだ。
彼らの会話の意味がわからなくて、恐る恐る覗き込むと食堂のテーブルに座るアラウディさんと、その傍らに立ってコーヒーをカップに注ぐユキの姿があった。
アラウディさんの前には籠に入った林檎が数個。彼はそのひとつを手に取って、射殺さんばかりの鋭い視線で睨みつけている。
林檎は林檎でもそれは青林檎だった。どうやら何故青いのか問われたのはこの青林檎のことらしい。
それならば、ユキが返した答えは正解だ。青林檎とはそうやって作るものだから。
綺麗な、黄色と緑のちょうど中間といえる綺麗な色の青林檎。
だがアラウディさんの薄いブルーの瞳は冷たく細められ、青林檎の気持ちを代弁するなら間違いなく『いっそ殺してくれ』だろう。憐れ青林檎。アラウディさんの目の前でその青い姿を曝したお前が悪いんだものね。
『赤い林檎はどこへ行ったの?』
『昨日、最後の林檎がアラウディさんのお腹に行きました』
ユキがくすくす笑う。他の人間が言えば半殺しにされるようなことを、彼女はこともなげに最強の守護者に言う。そして許される。不公平だものね。まぁ公平にする理由もないが。
『この青林檎、そのまま食べても結構美味しいですよ。剥きましょうか?』
『そういう問題じゃないよ』
アラウディさんはユキが剥く変な形の林檎がお気に入りだ。教えられるまでそれが兎の形だと気付かなかった。確かに兎に見えなくもないが、結構無理矢理だと思うんだものね。
『赤くなきゃ意味がない』
『ええー』
ええーに同感だものね。
一瞬、不思議の国のアリスみたいに表面を赤く塗ってしまえばいいと思ったが、うさぎ林檎は皮ごと食べるものだということを思い出した。
それにそんなことやらかせば、赤の女王よろしく首を刎ねられかねない。お許しください、ユアマジェスティだものね。
『アラウディさんは本当にうさぎ林檎が好きですね』
『ちょっと足りないよ』
『え?』
小首を傾げるユキを見上げ、アラウディさんはやっと青林檎を解放した。よく頑張ったんだものね、青林檎。
『僕の好きなうさぎ林檎に必要なのは、林檎と、うさぎと、赤…』
【それと、君が剥くこと】
『ッ!』
思わずユキと同じタイミングで息を呑んで、慌てて口を押える。うわ恥ずかしい。でもかっこいい。
ユキの方を向いているから、こちらからはアラウディさんの後ろ頭しか見えないが、彼の表情はユキにしか見せない穏やかなものなのだろう。
彼の望む林檎のように真っ赤になったユキを見て、してやったりと微笑んでいるのかもしれない。
少しスピードが速くなった胸の音を感じながら、自分の両手を見下ろす。
食べかけの林檎がひとつと、食べていない林檎がひとつ。もちろん赤い。
『……しょうがないんだものね』
この赤い林檎は、ユキを通して最強の守護者に献上するんだものね。
そう決めて、踵を返して元来た道を戻る。
齧ってしまった林檎を食べきって、もうひとつあった事実を隠ぺいしよう。
種ごと芯を庭に埋めよう。もしかしたら芽が生えて木になって、いつか真っ赤な林檎が生るかもしれない。
赤だ青だと喧嘩はおよし、兎にゃどちらの色もない
(君の手から生まれる赤いうさぎが、彼は好きなのです)
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