三千世界の鴉は殺せど
『ジョット、こんなところで寝たら風邪引くよ』
三千世界の鴉は殺せど
談話室に置き忘れた本を取りに行く途中、窓の外から風に乗って柔らかい声が耳に届いた。
声のした方に目をやってみると、庭にプリーモとユキがいた。
木の下の揺り椅子に座ったプリーモは目を閉じていて、傍に立つユキは困ったように眉を下げていた。
木漏れ日が濃い茶色の髪をところどころ明るく照らしている。
『起きない…。疲れてるんだね』
ユキはそう呟くと、近くに干してあったバスタオルをひとつ取り、プリーモにそっと掛けてやった。
プリーモの、目の近くにかかった前髪を指で払ってやっているユキを見て、思わず溜め息が零れる。
ユキ…その馬鹿は全く眠っていないよ。
確かに疲れているだろうね。仕事を溜めて右腕の堪忍袋を、緒を切るどころか破裂させて、昨日は一晩中デスクに貼りつかせられたそうだから。
というかプリーモ、君まだ仕事終わっていないだろう…。さっきから君の右腕の怒鳴り声がうるさいんだけど。2階の部屋という部屋を探し回っている音が聞こえる。うるさいなぁ…。ここにいるって教えてやろうか。あぁでも、簡単にプリーモを逃がしたのは右腕の落ち度だから別に良いか。
『ねぇジョット。今日は少し風が冷たいから…起きてよ』
『ユキがそう言うなら起きるか』
びくっと、プリーモの金髪を撫でていたユキの動きが止まった。体勢は全く変わらないまま、目だけ開けたプリーモがにっこりと微笑んだ。
顔をみるみる真っ赤にしたユキが、慌てたように手を引っ込める。
『お、起きてたの?』
『ん。今起きた』
嘘ばっかり…。溜め息が出る。
『あぁこれ、ユキがかけてくれたのか?』
『あ。うん』
『ありがとう』
わざとらしい。
ユキは変なところで勘がいいのに、こういうところにはもの凄く鈍感だ。プリーモに礼を言われて、はにかむように微笑んでいる。
『ユキ。もう少しここにいたいんだ』 『う、うん。わかった。じゃあ私は…』
屋敷に戻ると言い掛けたのだろうユキの腕を、プリーモが強く引いた。がくん、と体勢を崩したユキの濃い茶色の髪が、プリーモの頬を撫でる。ちょっと君達…顔近いんじゃないかな。
『一緒に、いてくれないか?』
『え…?』
『もう少し…ユキと一緒に、のんびりしたいんだ』
『あ、あの、えと…ジョット…』
ボンゴレリングの嵌った手で頬を撫でられて、可哀想になるほど真っ赤になったユキと、有無を言わさないような妖艶なプリーモの横顔を見て、すっと視線を自分に手元に落とす。
談話室から取ってきた本は、それなりに厚みがあってそれなりの重さがあってそれなりに角が尖っていた。
口元に一瞬浮かんだ笑みをすぐに消し、僕は本を持つ手を大きく振りかぶった。
プリーモのもう片方の手がユキの腰に伸びる前に、本があの金髪に到達するように。
三千世界の鴉は殺せど、雲が朝寝を許さない
(アラウディさん。はい【拘束具大全集】)
(ん?あぁ、ありがとう。探していたんだよ)
(あまりジョットをいじめないでくださいね)
(何の話だい?)
(ふふっ。いいえ、いいんです)
→あとがき
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