今日はボスの誕生日だと、雑貨屋のおばさんが教えてくれた。
花売り娘はクロッカスに願う
すぐに仕入れをしている花農家に取って返して、花を買った。
包装紙とリボンを買うと、全財産が吹っ飛んでしまったが気にはならなかった。
今まで作った中で一番綺麗な花束を籠に入れてうろうろしていると、売ってくれと声をかけられた。
これは違うんですと断った回数が5回を超えたから、路上を歩くのは止めて雑貨屋の前に座ったけれど、待っても待ってもボスは来ない。
当然のことのようにボスが来るような気がしていた自分に驚く。
これまでだって、ボスがこなかった日は、数えるほどだけれど、あったのに。
作った花束を見下ろして眉を下げる。
この花はもう切ってしまったから、今が一番綺麗なのに。
今日ボスに会えなかったら、これを綺麗な花束として渡せない。
どうしたものかと項垂れていると、ふっと目の前を足が通り過ぎた。
何故だかわからないが、ボスのような気がして勢いよく顔を上げる。
だが、そこにいたのはボスではなかった。
ボスよりも色素の薄い金髪と、水のような青い瞳。少しだけ、ボスよりも背が高い気がする。
そこまで認識してから、相手がこちらを見下ろしているから、瞳の色までわかったのだと気付いて慌てる。
振り向くように首だけをこちらに向けているその表情は硬質で、なぜこの人をボスと間違えたのだろうと不思議に思った。
だが、彼が醸し出す雰囲気は、ボスに近いものを感じた。
「あの…ボス、の…お知り合いですか?」
恐る恐る問うと、青い瞳が驚いたように瞬いた。一瞬憮然とした表情が消えたが、それは一瞬だけだった。
肯定も否定も返ってこないが、立ち去ろうとしないので知り合いなんだろうと判断した。
この人も、マフィアなんだろうか。
「えと…あの、ボスは…」
重ねて問いかけようとして、言葉に詰まる。
ボスはどこにいる?何をしている?今日はこないの?
疑問が浮かんでは消え、沈んでは浮上した。
どこに住んでいて、何をしていて、誰と一緒にいて、どんな毎日を過ごしているのか。
「君が言っている【ボス】は、確かに僕の知り合いだと思うけど…」
青い瞳と視線が交じり合うと、射竦められたように体が動かなくなる。
あ、体験した。蛇に睨まれた蛙。
「【ボス】に、会いたいの?」
口にした途端、ファンタジーは現実になってしまうのに…。
「会いたい…。会いたいです!」
私は初めて、心からの願いを叫んだ。
「ボスに会うのは簡単で…難しいよ」
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