花売り娘のprimo amore | ナノ






 花売り娘はライラックを知る









「ガーベラは?」

「《希望》」

「カスミソウは?」

「《清い心》」

「じゃあ…これは、なんだ?」

「これはサンダーソニア。花言葉は《愛嬌》」


 今日の分の花を束にして渡す間に、花言葉の話になった。

 今日ボスが買った花はオレンジ色のガーベラと黄色のサンダーソニア、カスミソウはおまけで少しだけ。



 束ねているうちに、まるでボスみたいな組み合わせだと気付いた。



 最後に新聞紙を巻いて渡すと、ボスのオレンジ色の瞳が細められた。


 花を見ていると優しい気持ちになるとボスは言った。

 私もそれに同感だけれど、最近の私はボスを見ていると花を見る以上に優しい気持ちになることがある。

 どうしようもなく、寂しくなるときもあるけれど。


「さすが花売り娘だ。花言葉に詳しいな」

「母さんが教えてくれたの。母さんがとても詳しかったから」


 褒めてくれるボスに笑顔を返す。

 尤も、母さんは花よりも花言葉の方が好きだった。

 花言葉は愛を伝えるものが多いから、父さんとの関係に嫌気がさしていた彼女の心を慰めたのかもしれない。

 ただの逃げだと言ってしまえば、それまでだけど。


「私は字が書けないから、母さんと喧嘩した時は花を渡して謝ったりしたんだ」

「花言葉で?」


 こくん、と頷くと、ボスはふわりと微笑んで頭を撫でてくれた。

 ボスは最近、無意識に私の頭を撫でている。

 それだけ習慣となっているのだと思うと嬉しくなる。

 見上げた先にあるボスの金色の髪がきらきらで、手を伸ばしてみたくなったけど、やめた。

 きっと頼めば触らせてくれるだろうけど、できなかった。



 触れてしまえば、何かが弾けてしまいそうで。


「そっちの花の花言葉は何なんだ?」


 ボスの長い指が、花籠を指している。

 今日は明るい色の気分なんだと、彼が買わなかった花。


「これはね、ライラック。白い方が《無邪気》、《若き日の思い出》。で、紫色の方が…」


 青みがかった紫色の花が示す単語を思い浮かべた途端、心臓が鳴った。





 あっけなく、弾けた。










 ああ。これは《初恋》だ。