花売り娘のprimo amore | ナノ




 花売り娘は蔓薔薇に隠れる









「よっ、花売り娘。お前はいつも同じ場所にいるな」


 初めて会ってから一ヶ月以上経ったが、ボスは有言実行。本当に街に来る度に私に会いに来てくれた。

 会うのは決まって雑貨屋の前。

 時間はバラバラで、私は花を売るため街中をうろついているから、同じ場所に留まっているわけではない。

 だけどボスはタイミング良く私が雑貨屋の前にいる時に現れる。

 ボスは私を見つけるとすぐ花の値段を訊く。私が売っている花の値段なんて、彼にとって大した意味はないだろうに、いつも訊いてくる。

 値段を訊いて、花を見て、少し悩んで買ってくれる。

 花に好みがあるらしく、買ってくれる量は毎回違う。

 それが普通のお客さんぽくて、嬉しくなる。

 茶番でも、同情でも、施しかもしれなくても、嬉しくなるんだ。


 それから並んで座って話をする。

 ボスはいつも何かを持っている。

 パンだったりお菓子だったり、野菜や果物だったり、お酒だったり。

 ボスは街の人気者だった。ボスが現れると、皆笑顔で彼に声をかける。

 この街が平和なのはボスのおかげだと皆言う。

 雑貨屋のおばさんもそう言っていた。

 店の前で長話するのは迷惑だろうに、ボスと一緒だからと許してくれる。


「花売り娘。オレンジ食べるだろ?」


 そう言ってボスは私の返事も聞かずに、ナイフを取り出してオレンジの皮を剥き始める。

 ボスは毎回、買ってくれる花の値段以上のものを私にくれる。

 クリームの入ったパンなんて初めて食べたし、メロンを丸ごと搾ったジュースを飲むなんて未知の体験だった。

 いちいち感動してしまう私を、ボスはいつも笑って見ていた。


「食べるけど、ちょっと待ってて」


 ボスにそう断って立ち上がり、小走りでパン屋に向かう。

 用事を済ませて戻ってくるとボスはオレンジをもぐもぐ食べていた。

 何度見ても、大人で尚且つマフィアのボスには見えなくて、自然と笑顔になってしまう。


「はい」


 2つの包みのうち1つを渡すと、ボスは不思議そうな顔で受け取る。


「なんだ?」

「ビスコッティ」

「おお」


 ボスは包みの中を覗き込んで、嬉しそうな声を上げる。

 隣に座り直して、包みから買ったばかりの焼き菓子を取り出す。

 新月になる前の月のように細い、半月型のビスコッティ。


「売上から買ったんじゃないから。ちゃんと、今まで貯めた私の…ぅおっ!」


 私のお金だと言い終わる前に、頭にいつもより強めに手が乗って驚く。

 頭を滑る手に、今朝寝坊したことを後悔する気持ちが湧き上がる。


 髪…ちゃんと梳かしてないのに。


 ボスの指がもつれた髪に引っかかる度にぞくりとする。

 洗い晒しの痛んだ髪を多少梳ったところでどうしようもないのはわかっていたが、それでも少しでも、ましな状態で撫でて欲しかった。


「ありがとう」




 そんな、心から嬉しそうな顔をしないで。


 隣に座っているのに、もっと近くに行きたいと願ってしまう。





 それってファンタジーでしょ?