小説 | ナノ



 帰宅すると、妻が見知らぬ男を家に上げていた。



 縁側に並んで座っていたなまえがこちらに気づくと、細身のスーツを着た若い男がすっと立ち上がった。

 スーツを着た日本人?と眉を顰めると、男は少し眉を下げて笑顔向けてきた。





「おかえりなさいジョット様。未来からお客様がいらしてるわ」








大切なものをんできました







「いやぁ改良型の十年バズーカの試運転とかで無理矢理当てられたんですけど…失敗だったみたいで…」


 5分経っても戻れないし、などとよくわからないことを呟く自称ボンゴレデーチモに、なまえはお茶のお代わりを注いで渡す。新しく仕立てたばかりの撫子色の着物がよく似合っている。

 濃い目のお茶をひとくち飲んで、自分の深支子の袷を見下ろす。

 明らかに日本人ではない自分が袷を着ていて、目の前の若者がスーツを着ていることが、なんとなくおかしくなった。

 笑ってしまいそうになるのを引っ込めて、なまえに顔を向ける。


「で、彼が未来から来たボンゴレデーチモだと、本気で思っているのか?」


 難しい表情を浮かべると、なまえはにっこりと微笑み、自称デーチモは困った顔をした。

 一応疑っているような顔を作ってみたが、妻の人を見る目は信用している。なまえが笑顔でいる以上、自分の向かいに座っている男は未来から来たボンゴレデーチモなのだろう。


「私が縁側で猫を見ていたら、突然大きな音と煙が上がって、彼が隣に座っていたんです」


 そのときのことを思い出しているのか、なまえは口に手をあててくすくすと笑い、デーチモは困ったような笑顔を浮かべた。

 突然自宅の中で、隣に人が現れたときのなまえのきょとんとした顔が目に浮かぶようで、思わず笑ってしまう。

 本気で疑っているわけではないとわかったのだろうデーチモが、大仰に息を吐いたとき、なまえは決定的ともいえる根拠を提示した。


「それに、10代目のお名前は沢田 綱吉様というそうですよ」





* * *





「随分と張り切っているな」


 夜。なまえが肴を作りに行ってからなかなか戻ってこないので、デーチモに断って台所に向かうと、襷を締めたなまえが熱心に食材と睨めっこをしていた。


「家康様」


 振り返って微笑むなまえに、ジョットは目を丸くした。


「ジョット様、はやめたのか?」

「だって綱吉様がいらしてるし、それに明日からは家康様でしょう?」


 包丁を動かすなまえの隣に並ぶと、盆の上に柚子を絞った紅白膾と鰤の照り焼きがあったので、指でちょいと摘まんで口に放り込む。

 つまみ食いを咎めるように睨まれたが、指を舐めながら笑みを浮かべると、しょうがないなぁと言うようにふにゃりと笑顔を返された。

 なまえがデーチモを信じた最大の理由。それが名前だった。

 沢田 家康を名乗ることを決めたとき、そのことをなまえだけに伝え、明日友人や部下に発表するつもりだったのだ。

 自分の子孫だというデーチモが沢田を名乗っていることで、なまえは未来からの客人の言うことを信じた。


「今日綱吉様がいらしてくださったのはとても嬉しいことですね」

「そうか?」

「だって、ボンゴレが今後10代目まで続くことがわかったじゃありませんか」


 安心ですね、と微笑むなまえの頬に触れて笑顔を浮かべる。

 ボスを辞してだいぶ経つが、未だ自分がボンゴレの今後を心配していたことは妻にはお見通しだったようだ。


「綱吉様もとても素敵な方。きっとボンゴレはこの先も安泰です」

「あぁ…。そうだな」


 気弱そうな青年だが、デーチモにはそこにいるだけで人を安心させる力がある。

 自分の超直感も、まだ信用していいだろうとくすりと微笑む。





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