小説 | ナノ



※動物死ネタ注意








 黄昏時という言葉がぴったりと合う夕暮れだった。

 薄暗闇の先から自分に向かって歩いてくる影を見て「誰そ、彼?」と呼びかける。

 知っている人のような気がするけど、違う気もする。

 そんな不安を掻き立てられる夕方、河川敷の遊歩道の一角で、ぽつんと置かれた大型通販サイトのダンボール箱を見下ろした。

 正確には、その中に入っている、消えてしまった命を。



 飼い犬なのだろうと、なんとなくわかっていた。

 首輪はなかったけれど、この遊歩道で会う曜日がいつも同じ水曜と金曜で、たまに散髪もされていたから。

 だから飼えないと思っていた。この子にはちゃんとした家族がいて、たまに家を抜け出して羽根もとい尻尾でも伸ばしにここに来ているのだと。

 でも、だったらどうして今この子はここにいるのだろう。

 愛されていたのではなかったのか。

 虐げられている様子はなかった。

 人懐っこくて、元気に走り回って、犬用のおやつを見せれば喜んだけれど、ひもじそうにした様子を見せたこともなかった。


「今朝早くに、ここに置かれたそうだよ」


 低い声が耳に届いた。

 突然学校に現れて、私をここに連れてきた学ランの男。

 並盛町民なら知らぬ者はいないと称される彼に『逆らったら咬み殺す』と言われて抵抗などできるわけもなく、びくびくしながら歩いて、ここに連れてこられた。


 河川敷に沿って歩き始めた時から、嫌な予感はしていた。

 だがそれは、週2のこととはいえ野良と間違われかねない犬にエサをあげていたことに対する叱責かと思った。

 並盛の秩序と自称する男だから。

 だが違った。

 叱責などなくて、この子は動かなくて、学ランの雲雀 恭弥は先ほどまでずっと黙って立っているだけだった。


「どうして…」


 手を伸ばす。

 冷たくはない。だが、あたたかくもない。

 毛はふわりとしていて柔らかく、感触は手に覚えていたものと同じだった。

 けれど、体温はない。

 感触は同じでも、感覚は違った。

 外傷はない。血など、病らしき痕跡も何もなかった。

 まるで眠っているようだったけれど、確かにこの子の命はなくなっていた。


「こんな…可愛いのに、なぁ…」


 視界が一瞬で潤み、それが少しおさまったと思ったら頬に涙が伝っていた。
 嗚咽がみるみる喉元までせり上がり、堪える間もなく溢れた。



 私はこの子の家族ではなかったけれど、この子が好きだった。

 ふわふわした小さな体も、たまにうるさいと思ったこともあった、鳴き声も。

 私はこの子に会えて、癒された。楽しかった。

 この遊歩道で、この子と過ごす時間が、楽しかった。


「委員長」


 違う声が聞こえて、なんとなく振り返ると、リーゼントで学ランの男が雲雀 恭弥に向かって駆け寄ってくるところだった。

 雲雀 恭弥はちらりと目を向ける。やはり何度見ても、整っていると同時に恐怖を覚える顔立ちだ。


「手配は?」

「済みました」

「そう、じゃあもういいよ」


 何のことなのかよくわからない会話を終えると、リーゼント男はへい、と頭を下げ、思い出したように上げた。


「委員長、これを…」


 そう言いながらリーゼント男が差し出したヘルメットを見て、雲雀 恭弥はぴく、と眉を顰めた。

 何か言うのかと思ったが、結局何も言わずに受け取った雲雀 恭弥に、リーゼント男は今一度頭を下げて去っていった。



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