小説 | ナノ



「いくよ」


 端的な言葉と同時に、足元に箱が置かれた。

 小さなこの子の体にぴったりした、しっかりした造りの箱。柔らかそうなタオルが敷かれているの見てやっと、ダンボールからこちらに移せと言っているのだとわかった。


「はい…」


 ひぐ、としゃくりあげながらも返事をして、ダンボールの中の小さな体を抱き上げる。

 なんの抵抗もなく、だらりと垂れ下がれる体に、再び涙が零れた。

 小さな体は、どこも動いていない。

 血も水も巡らない。重力に逆らわず、体内の液体はどぷりと下がる。





 死んでしまった生き物を、私は初めて抱き上げた。





「どこに行くんですか?」


 思ったとおりぴったりだった箱を抱えて、バイクに跨る雲雀 恭弥に問いかける。

 指示されるがままに後ろに乗ると、思っていたより広い背中が目の前に会った。

 箱を抱え直す。小さい箱だから、片手でもなんとか固定できそうだった。

 思えば、彼はどうしてこんなことをしているのだろう。

 並盛に犬の死体が転がっているのは秩序に反するとか、そんなことを言うつもりなのだろうか。


「動物霊園」


 零れ落ちるような返事に驚く。訊いておきながら、きっと保健所と言われるのだろうと思っていた。

 そんな思いを察したのか、雲雀 恭弥が振り向いた。


「その犬は、弔われるべきだからね」


 並盛の秩序の表情は変わらなかった。

 けれど、唐突にひとつの光景が頭の中に浮かんだ。


「貴方も、この子に会ったことが……。この子を撫でたことがあるんじゃないですか?」


 それは確信に近い…可能性。


「僕は群れる生き物は嫌いだよ」


 当然のように返ってきた答えに、笑ってしまう。

 笑ってしまったけど、同時に涙も零れた。

 それはつまり、質問に対する肯定だ。

 だってこの子は群れたりしていなかった。

 いつもひとりだったのだから。



 よかったね。



 箱の中に向かって笑いかける。

 家族には愛されなかったかもしれなくても、この子は確かに愛されていた。

 私ともう一人。

 きっと訊いたところで肯定も否定もしないだろうけれど、この町一番の有名人に。

 とてもとても悲しいけれど、すごくすごく嬉しい。

 そんな気持ちがあったなんて、知らなかった。





「落ちても君のことは助けないよ」




 そう言って渡されたのは、あのリーゼントが置いていったヘルメット。

 そうだよね。ノーヘルは危ないよね。









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