jojo | ナノ
捻くれた溺愛

もしかしたら女の自分よりずっと美人かもしれない。
そう思わされる人間と出会ったのは今まさに目の前で黙々と研究資料を読んでいるフェルディナンド博士その人が初めてであった。
勘違いしないでほしい、私という女を基準にして彼を美人と評したことは決して私自身が自分を美しいと思っているわけではない。これは純粋な卑下と賞賛である。男性の博士に負けるほど私が美しくないということ。そして女性を負かすくらい博士が美しいという事実。
肌は白いしフードから覗く髪は癖のない金色。高い鼻梁の両側についた黒くて大きな瞳はオリーブみたいにつやつやと光っている。
幼い頃に誕生日にもらった骨董人形もこんな顔だった気がする。いや、あれは少女を型どって作られたものだからもっと幼い顔立ちだった。正確に云うならば骨董人形をもう少し成長させたような、だ。それほど博士の顔は整っていた。

「フェルディナンド博士、コーヒーを」

博士を呼ぶ時は名前に必ず“博士”と付けなければならない。博士、だけでも駄目だ。“フェルディナンド博士”と決められた呼称だけが私の口から溢れるのを許可されている。
コバルトブルーのカップを机の上に置けば博士はつっと資料から顔を上げた。私の顔とカップを交互に見ながら眉間に皺を寄せる。
あぁ、私は何かしくじったみたいだ。

「ミルクが無いではないか。君、私がコーヒーにミルクが欠かせないことを知っている筈だろう」
「はぁ、すみません…」
「君が呆けるとは珍しいじゃないか、ナマエ」

その女みたいな中性的容姿とは打って変わって博士の声はとても低い声をしている。少し掠れたような男の人の声。それに不機嫌になるとすぐ厭そうに表情を歪めるところ、人形みたいな顔を壊しているみたいで好きだ。
思わず口元が綻び、ほぅっと燃えそうに熱い息を吐く。
博士を眺めるのに夢中で私は自分の口がいつの間にか恐竜化していることに気付かなかった。耳まで裂けた口とそこから覗く牙が博士の首筋に自然に向いていることにも。

「おいやめろアホ頭め。私を食い殺すつもりか」

牙が刺さる前に私の鼻先を押し返しながら博士は厳しく罵倒した。私が恐竜になるともう博士は「ナマエ」とは呼んでくれない。他の恐竜たちと同じ「アホ頭」と括られて呼ばれる。私はそれがとても寂しい。
きゅう、と叱られた子犬みたいな鳴き声が喉から出た。

「そんな情けない声を出すんじゃあない」

今度は少し呆れたような声で言いながら革手袋をはめた手でもう一度鼻先を押し返してくる。同時にほろほろと融解するかのように私の恐竜化が解除された。私はいつも感情が昂ぶるとすぐ、恐竜になってしまう。博士に見惚れてあぁその喉笛を食いちぎったらどんな味がするのかしら、とか夢想して興奮すると特にだ。反省しなければならない。

「早くミルクを持ってきたまえナマエ」
「はい、申し訳ありませんフェルディナンド博士」

頭を深々と下げながら、再び私の名前を呼んでくれたことに内心ホッとした。
ホッとしている私には気付かず、博士はツンと顔を背けるとまた分厚い資料の山に手をかけた。

この人は、私のこの熱くてどろどろした燻りを知らずに私のいれたコーヒーを飲むんだわ。その美しい唇で。
そう考えるだけでキッチンにわざわざ引っ込んでミルクを持ってくるなんて面倒くさいことも苦ではなかった。



20150602

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