jojo | ナノ
自虐的ラブロマンス

※夢主が大統領の養女


大統領の養子として連れてこられた時から「その男」は養父、ヴァレンタインの傍にいた。この国の正義のため国民のため光り輝く父の隣で「その男」はまるで影のように張り付いていた。

「その男」の名前はブラックモア。名前の通りいつも黒い頭巾に黒い外套を身にまとっている。いつも眉尻を下げ、唇をへの字に曲げた顔していて、まるで葬式の参列者みたいだった。冴えない顔つきに反してプラチナブロンドの綺麗な髪を彼は持っていたが、馬の尻尾のように結い上げ額あたりから垂れ下げた奇妙な髪型のせいで酷く滑稽に見せていた。

幼い頃の私は不気味なのか可笑しいのか分からないアンバランスな容姿のブラックモアが近寄り難くて苦手だった。もちろん養父からは「私の側近で頼りになる男だ」と言い聞かせられていたが、私はそれでも彼が怖かった。決して彼にきつく叱られたとか泣かされたとかという経験は無い。(寧ろ養父の側近であるブラックモアは娘の私を気遣ってくれていたように思う)
今になって思い返せば彼には申し訳ないが、恐らく当時の私と同い年くらいの子供がブギーマンやら暗闇を怖がるのと同じ感覚で私はブラックモアに怯えていたのではないかと考える。
養女として迎えられた6つか7つの頃ずっと私は意図的にブラックモアを避けていた。それどころか養父に会いに行こうとして執務室を訪れた際、ドアを開けたらブラックモアが立っていて大泣きしてしまった記憶もある。メイドに抱きかかえられてぎゃあぎゃあ泣きわめく私を彼はどんな顔をして見ていたのかは今となっては思い出せない。



ブラックモアを見る目が変わったのは本当に些細なことだった。
養父ヴァレンタイン大統領の政務のちょっとしたパーティに私もついて行った時のことだった。その日は普段よりうんと綺麗なドレスも着せてもらい、髪もきらきら光る髪飾りで纏めてもらって私はとてもはしゃいでいた。
私の役目は養父の傍について、大統領の娘らしくお行儀よく振舞うことだった。ドレスの裾を摘んでお辞儀をし、可愛らしくにっこり笑って「ご機嫌麗しゅうナントカ様」なんて台詞を言わなければならない。
まだまだ遊び盛りの子供にはとても退屈で仕方がなかったに違いない。
養父は他国の外交官などとの話し合いに夢中で、幼い私によく目が行き届かなかったのだろう。広い会場で私がはぐれたことに気付けなかった。


パーティ会場は沢山の関係者達で溢れていたが、子供でちびっこい私は長い人々の脚をするするすり抜けて気付けば会場の外に出ていた。
パーティホールの外は中庭に面していて会場と同じくとても広い敷地であった。木々たちは生い茂り、迷路状に刈られた垣根がそびえ立っていて外灯は一つもない真っ暗闇。しかもその日は昼から雨が降っていた。もちろん一人迷宮に取り残された小さな私は傘など持っていない。
自分からはぐれた癖に急に恐怖と後悔に押し潰されそうになった。このまま誰にも見つけられなかったらどうしよう。お父様のところへ帰りたい。誰か誰か誰か。
私はザアザアと降りしきる雨の中濡れそぼったドレスを抱きしめて震えていた。目から流れるのが雨粒なのか涙なのか分からないほど顔はぐしゃぐしゃに濡れていて気持ち悪い。それにその時季節は春だったが夜はとにかく冷え込んでいたし寒くてたまらない。前に読んだ「マッチ売りの少女」みたいに凍え死んでしまうのかと思い、洟を啜り上げて俯いた時だった。

体にふと雨粒が当たらなくなり、大きな影がかかった。頭を上げるとたった今葬式から帰ってきましたよ、というくらいに陰惨な顔つきと目が合った。

「お迎えにあがりました。ナマエ様」

ブラックモアは私に大きな黒い傘を傾けてくれていた。当時私はどうしてブラックモアがいるんだろうと考えていたが、冷静に今思い返せば遠出の際にヴァレンタインが側近の護衛を付けないわけがない。彼がいることに不思議はなかった。

「……遅くなってしまい、すいませェん」

独特の間延びした謝罪を述べ、膝をついて恭しくブラックモアは頭を下げた。まるでナイトがおとぎ話の姫にするみたいで私は妙にドキドキしてしまった記憶がある。
今まであんなに怖かったお化けが自分に優しく接してくれ、暗闇から助けに来てくれたことが頓に信じられなかったが、恐怖心も涙も既に引っ込んでしまっていた。
「大統領のところへ帰りましょう」と差し延べられた手を迷わず取るのに躊躇は無かった。

ブラックモアに抱え上げられて雨空を渡って帰ったことは今でも鮮明に覚えている。彼の足が宙を踏みしめるとそこは見えない地面になる。まるで魔法だった。
すごいすごいと私が声をあげればブラックモアは黙って濡れそぼった馬の尻尾をいじっていた。もしかしたら照れていたのかもしれない。

「またいっしょに空を飛んでくれる?」
空の散歩をしばらく楽しんで地面に帰ってきた私はブラックモアにそうせがんだ。彼は一瞬吃驚したように目を丸くしたが、僅かにへの字口を上に持ち上げて「ナマエ様が望むのならばいつでも」と言った。ブラックモアの笑った顔はお世辞にも素敵とは言い難いほどぎこちなかった。だが私の「怖いお化け」という認識を改めさせるには充分だった。
「約束よ」と指切りの代わりに頬にキスをしてあげた。レディはみんなこうするのだと養母から習ったばかりのマナーを使いたかったのだ。いつもは青白いくらいの顔がほんのすこぅし紅く染まるのは見ていて面白かった。



その一件があってからもう二度とブラックモアを怖がることはなくなった。むしろ十数年経った今は大統領だけでなく私のかけがえのない側近になっている。
しかし今でもたまに彼に「私に大泣きされた時どうだった?」と聞くと暗い顔を益々曇らせて「正直辞職も考えました」と返されるから本当に申し訳ない気持ちでいっぱいである。



20150505

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