jojo | ナノ
わたしの魔法つかいさん

※逆トリ夢主


「Somewhere over the rainbow…Way up high…♪」

虹の向こうのどこか空高くに

雨の音に紛れて聞こえてくるゆっくりとした調子のソプラノ。ブラックモアが足を止めて振り返れば後からついて来るナマエが歌っていた。目をそっと閉じて完璧に悦に入っている様子である。

「There's a land that I heard of Once in a lullaby…」

子守歌で聞いた国がある

何がそんなに愉快なのか、くるりくるりと明るいライム色の傘を回して歌うナマエはさながらミュージカル劇にでも登場するヒロインのようだった。
しかし生憎ブラックモアはそういった明るい作風のフィクションには少しも興味が無い。なのでいきなり歌い出したナマエの姿は彼の目には酷く奇天烈に見えた。

「えらくご機嫌ですね、ナマエさん」
「そうよブラックモア。わたし凄く気分が良いの」
「はぁ…それはそれは…」
「ブラックモア、あなたは歌わないの?」
「……私は、特に歌いたい気分ではないので」

任務中に歌うほど暇ではないですし。と言いかけたが慌てて飲み込んだ。彼女が機嫌を損ねてぎゃんぎゃん騒がれては仕事の支障になる。無駄なことには首を突っ込まないのがブラックモアのモットーであった。
夜空よりも真っ黒な傘を掲げ、再び人通りの無い路地裏をブラックモアはとぼとぼ歩き出す。その背中に続きながらナマエはまた歌い始めた。


「♪Somewhere over the rainbow…Skies are blue…And the dreams that you dare to dream…Really do come true…」

虹の向こうの空は青く
信じた夢はすべて現実のものとなる

まるで幼児に向けて書かれた童話のような歌詞だな、と背後から聞こえてくる歌を聴きながらブラックモアは思った。大の大人の女が口ずさむにしてはあまりに幼稚すぎる詩。その不自然さが気になり、思わず眉根が寄る。

「この歌ね、over the rainbowっていうのよ」
「……」
「あなたのスタンド名のcatch the rainbowと似ていると思わない?」
「さァ…?」

クスクスと笑う声と共に問いかけられ、首を傾げる。似ているといっても字面だけではないだろうか。「虹の彼方へ」と「虹を捕らえる」じゃ肝心の意味が違ってくる。

「この歌はね、わたしの世界の有名なファンタジー映画の主題歌だったのよ」

ナマエはブラックモアのいる現実と似て非なる世界から突然やって来た人間である。たまたま有能なスタンド能力を持っていたため大統領に見込まれ今はすっかり側近としての仕事が板についているが、元いた世界では女優の卵だったというから驚きだ。彼女の素早い適応能力だけならブラックモアは一目置いている。

「わたしその映画大好きだったわ。特に主演のジュディ・ガーランドって人が好きでね、女優の端くれだった私の憧れだったわ」
「へぇ、そうですか…」
「お人形みたいに可愛くて、歌だってとても上手で…」

なんだか自分とは縁遠い方に話が逸れたと思い、適当に相槌を打つ。映画女優なんて名前を言われてもどれも同じ顔に見えるからブラックモアにはよく分からない。欠伸を噛み締めながら大人しく任務のことに考えを巡らせようとし始めていた。

「……でもねその女優さん、その映画を撮っている時にはもう既に薬漬けだったのよ」
「……?」
「ドラッグでハイになって錯乱してた彼女がこの歌を唄っていたと思うとなんだか意味深よね」

いきなり話の流れが変わって急に引き戻される。肩越しにナマエの様子を伺えば、うっとりと蕩けた瞳と目が合った。

「……ねぇ、わたしも“虹の彼方へ”行きたいわ」

その時はあなたも一緒に。
真っ赤なグロスをひいた唇の端から白い八重歯が覗いている。ブラックモアはそれを見てあからさまに怪訝な表情をした。ザアザアと雨音はますます強くなる。

「…堕ちるなら、貴女一人でどうぞ」
「……!」
「私は歌より、雨の音を聴いていたいので」

すいませェん。
ブラックモアはおざなりに頭を下げると水溜まりを跳ねさせてスタスタと歩いていく。
ナマエはライム色の傘の下、その黒い衣装に身を包んだ背中を見つめながら再び歌を口ずさんだ。

「♪Some day I'll wish upon a star…And wake up where the clouds are far behind me…Where troubles melt like lemondrops

Away above the chimney tops…
That's where you'll find me 」

いつか星に願う
目覚めると僕は雲を見下ろし

すべての悩みはレモンの雫となって
屋根の上へ溶け落ちていく、僕はそこへ行くんだ

「♪Somewhere over the rainbow
Bluebirds fly…Birds fly over the rainbow
Why then, oh why can't I?」

虹の向こうのどこかに
青い鳥は飛ぶ
虹を超える鳥達
僕も飛んで行くよ


詩は底抜けに明るいのに歌声はさっきまでとは打って変わって蚊が鳴くほどに小さく、暗い。そんな歌声はもちろん雨音に容赦なくかき消された。

「とっくに堕ちているわ。……あなたはきっと分かってくれないんでしょうけど」

ふふふと自嘲気味に笑い、遅れて男の後をついて行く。恋する乙女のような薔薇色の頬とは反対にナマエの目は打ち捨てられたガラス瓶よりも酷く濁っていた。
好きよ、と零れた呟きは誰の耳にも届くことはない。


『ドロシーはオズの国に魅せられて二度と帰って来ませんでした。』




20150502

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