jojo | ナノ
腹が立つほど難解です

指輪をなくした。
決して恋人から貰った物とかではないし、大して高価でもない。けれどデザインがシンプルだけど可愛くて気に入ってたからそのまま放置というのもできなかった。昨日官邸の清掃仕事をしていた時は邪魔になるから外してロッカーに置いていて、帰る時には無くなっていた。だから多分更衣室か職場で落としたに違いない。
そう思って朝イチで出勤して、自分のロッカー周りを捜索した。ロッカーの上、清掃員用の制服のポケット、他の同僚のロッカー周りにも転がっていないか確認したが、見つからない。おかしいなぁ、絶対外してしまっていた筈なのに。思わず首を捻る。取られた?まさか。大統領の官邸で働いてる人間に限って、あんな安物なんかネコババしてまで欲しがらない。日頃遠目から眺めるだけの上等そうなスーツやぴかぴか光るネクタイピンを思い浮かべて首を振る。
お気に入りの指輪だったが、これだけ探しても無いんだから諦めるしかない。



指輪を無くしたことは忘れ、その日は清掃に集中することにした。ついていない時は仕事に没頭して気を紛らわせるに限る。
そう思い、無心で書斎にある暖炉の灰を掻き出していた。しかし没頭することに夢中になりすぎて書斎に人が入って来たのに気付かなかった。官邸の清掃員の心得その一「自らの汚い姿を決して来客や職員に見られてはいけない」。
慌てて立ち上がって何度も頭を下げた。
「申し訳ありません、すぐに終わらせますので…」
怒られるだろうかと身を竦めたが、入ってきた男性は特に私を咎めはしなかった。
「気にするな、続けて良い」
短く刈った髪がまるで軍人のような人だった。厳つそうな見た目に反して、話し方はどこか優しい印象を受けた。あまり見ない顔の人だ。
もしかしたら大統領が最近アメリカ全土や他国から集めているという「特別な部下」の方なのかもしれない。同僚の若い清掃員の子が噂話していた。大統領が何の目的があってそんなに人を集めているのかなんて知らないし、特に興味も無かったのだが、なんとなく目の前の男性はいつも目にする職員とは違う気がした。

「すいません、すぐ終わります」
私は男性に背を向けて灰を掻き出すのを再開した。その最中、私が背後に感じたのは視線だった。男が見ている、とすぐに分かった。自分の他に人がいたら書斎で寛げないからか、早く出ていかないかと視線を送られているのかと最初は思っていた。だが、何かが違った。
視線は生温い感じがした。そしてもし形があるなら、水飴のように粘っこく糸を引いて背中にまとわりつくようなもの。
なんで私を見ているのか?疑問と同時に僅かに恐れのようなものが湧き上がる。さっきは優しそうだと耳に残った声も、今考えるとやけに甘ったるくて異様に感じた。
自分の自意識過剰で、考えすぎだと思うようにした。だが、背後の男が相変わらずねちっこく私を凝視しているのを感じる。
…思い切って振り返ってみようか。

バンッ
そう思った瞬間に書斎のドアが開いた。ビクッと肩が跳ねる。
「アクセルさん、大統領が二階のホールにてお呼びです」
低い声。また男性のようだ。知っている声だった。大統領の側近の一人だというブラックモアという人だ。「特別な部下」の人達とも面識があるのか、アクセルというらしいあの男を呼びに来たらしい。一介の清掃員である私のことは目に入っていないみたいだ。

「……アクセルさん貴方なにを口で転がしているんです?」
「これか?」
ブラックモアさんの怪訝そうな声があがる。それと同時にぺちゃりという唾液の音、コロコロと飴玉か何かが口の中で歯に当たる音が聞こえた。アクセルという男が喉を鳴らして微かに笑う声もした。
「指輪だ。綺麗だろう」
「……飴か何かかと思いました。どうしたんですかそれ」
「女から貰ったんだ」
嬉しそうな声音で吐かれた“指輪”、“貰った”という単語にサッと血の気が引いた。暖炉を掃除する手が震えて止まる。
耐え切れず、スローモーションのようにゆっくりと、ぎりぎり後ろが見えるくらいに首を動かして振り返った。
アクセルの真っ赤な舌。その上にのっかった銀色に光る輪。私の指輪。それが今、知らない男の唾液に塗れて濡れている。ぬらぬらと、光って。
アクセルは舌を引っ込めて、にやりと笑った。嫌な汗が背中を伝う。
「貴方のプライベートはどうでもいいですが、遅れないでくださいね」
ブラックモアさんはアクセルの奇行に半ば嫌悪感を露わにして、足早に書斎を出て行った。

書斎には私とアクセルと二人になった。
暖炉の前から動けずにいる私。
目の前のアクセルは面白がるように、それでいてとろんと熱っぽい視線で見つめてきた。口の中では相変わらず指輪が転がっている。
視界が涙で潤む。呼吸が浅くなる。暖炉の舞い上がる灰のせいだと思いたい。
「指輪を返そう」と男が当たり前のように言った。



20150914

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