jojo | ナノ
薄汚く喘いだジュリエット

「きみの手は綺麗だね」
パンを紙袋に詰める作業機械と化していた私は人間に戻った。
最初は変なナンパかと思って顔を顰めたのだが、目の前に立っていたのは優しそうな男性だった。しかも結構イケメンだ。
男性はにこりと微笑む。目の端に皺が少し寄るのがあぁすてきだなと思った。悪い魔女の魔法が解けたみたいに、目の前がきらきらして見えた。男性は「綺麗だ」とまた繰り返した。思わず照れ臭くなって、小麦粉を付けた白い両手を隠した。
これじゃあまるで白ヤギをだまくらかすために足を白く染めたオオカミだ。
まどろっこしい指をエプロンに擦り付ける。
バイト先でこういうふうに声をかけられたのなんて、ふらふら転職ばかり続けていた私でも初めてのことだった。しかも「手が綺麗」だなんて今まで生きてきて一度も言われたことがなかった。
なんだかくすぐったい。

男性と少し話をした。彼は「サンジェルマン」の常連客だということ、最近働き始めたばかりの私の顔は見かけたことがなかったから、つい声をかけたということを話してくれた。
彼は高そうなスーツを着ていた。サラリーマンのようだった。すぐ近くにオフィスビルがあるからきっとそこの人だろう。物腰柔らかな雰囲気と少し言葉を交わしただけでも分かる知的な話し方が魅力的で、すごく、惹かれた。名前はさすがに聞き出せなかったけれど、ローストハムとレタスのサンドイッチとバターをたっぷり使ったクロワッサンサンドが彼の好物らしいということが分かっただけで満足だった。
「また明日会えるといいね」会計を済ませて別れ際にそう言われて、私はすっかり有頂天だった。明日もし会えたら、名前を聞いてもいいだろうか。迷惑じゃないといいが…。
店長が喧しいオバサンだから明日にでもここのバイト辞めてやろうと思っていたのだが、あの人に会えるならもう少し続けてみよう。
そう考えると私はもう淡々と仕事をこなす作業機械には戻れなかった。



「次の“彼女”はあの娘にしよう」
吉良吉影は「サンジェルマン」を出た後そう思い立った。
「しかし私は常連だからあそこの従業員達には顔が知られている…慎重に殺らねばな」
あの粉まみれだが柳の枝のように細くて長い指先。そこに桜貝のように薄ピンクの爪がピンセットで並べたかのように張り付いている様。それを思い返すだけで吉良は興奮で身震いしそうだった。明日また顔を合わせたら名前を聞かねばならない。“彼女”になった時に呼ぶ名前が無ければ困るからだ。ああ楽しみだ楽しみだ。
口角が自然と上がりそうになるのを堪えながら、いつも昼餉を食べる公園に着いた。青い芝生に腰を据える。
茶色の紙袋からローストハムとレタスのサンドイッチを取り出した。
あの手が触ったパン。ビニールの手袋越しだが、確かにこのサンドの表面をあの指先が押した。あの店員、酷く緊張していたから強く握ったかもしれないな。爪は食いこんだだろうか。表面にその跡が残っているだろうか。あの指先の温もりが、この舌に、口腔に、口蓋に、触れるのか。
そう考えるだけで吉良は堪らず、勃起した。



20150912

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