朝焼けをトーストにのせて食べた
毎日きっかり午後三時に角都の部屋には湯呑に入った緑茶と茶菓子が置かれる。それを書き物の片手間に口にするのが最近の日課になっていた。
ただ今日のお茶運びのえつこの気分は違っていたらしい。


いつもどおり湯呑に口をつけると角都はすぐに違和感に気付いた。口に広がる味が妙に甘いのだ。これは緑茶ではない。

「おい小娘」
「は、はい!」

そそくさと部屋を出て行こうとするえつこを呼び止めれば、素っ頓狂な声をあげた。

「これは何だ」
「………」

湯呑を突きつければえつこは視線を宙に泳がせた。短気な角都がもう一度「これは、何だ」と低い声で問うと、えつこは恐る恐る口を開いた。

「ホットチョコレートです」
「…いつもと違うようだが何かあったのか」
「お気に召さなかったのなら淹れ直します、すみません…」
「謝罪はいい、理由を聞いている」

家政婦はお盆を胸の前で握り締めて盾のようにしながら俯いた。

「今日は、バレンタインなので。……日頃お世話になっている感謝ということで、ちょっと趣向を変えてみました」

勝手なことをしてすみません…!
また謝罪を述べるえつこに思わず角都は長いため息を吐いた。全く…最近の若い奴はイベント事とやらに敏感らしい。

「……次からは余計なことはしなくていい」

ぴしゃりと言い放って椅子をひいて背を向ける。

「あ、あの、淹れ直して…」
「これでいい。今日はちょうど寒いからな」
「えっ、」

予想外の言葉にえつこは固まった。

「命拾いしたな小娘」

分かったらもう下がれ、と角都は背を向けたまま言った。それに急かされ、えつこは呆然とした顔をしながらも一礼して部屋を出ていった。



「角都さん、もしかして気に入ってくださったのでしょうか…?いや、でも…」

ぶつぶつとそんなことを唱えながら家政婦は部屋を後にして廊下を歩き去っていった。








「えっ、えっと角都さんこれって、」
「見て分からないのか」

ホワイトデーにえつこは調味料がたくさん詰め合わせになった箱を貰った。

「これ、どうしたんですか?もしかして角都さんが買っ…」
「株主優待で貰っただけだ。俺には必要ない。無駄にするにも惜しいからちょうど飯炊きのお前に押し付けることにした。」
「は、はぁ、ありがとうございます」
「それで食費の出費が減るだろう」

ぽかんとする家政婦をよそに、フンと鼻を鳴らして角都はさっさと自室へ戻っていった。

「株主優待…」

角都さんはやっぱりなんだかすごいです。
えつこは調味料の箱を抱えてしみじみと思った。

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