故意に無くした落とし物
居間のソファに座って新聞を読むサソリの前にえつこはそっと紅茶と皿にのせたボンボンショコラを置いた。

「おい、なんだこれ」

静かに退散しようとしたえつこだったが、そうもいかずにサソリに首根っこを捕まえられた。ぎゃっと節操のない悲鳴があがる。

「な、何って…」
「この甘ったるい塊だよ」
「…チョコレートです」
「それは十分わかってんだよ飯炊き女。どうして俺の前に置くんだって聞いてんだ」

なかなか話が噛み合わないえつこを無表情のまま睨みつける。

「今日はバレンタインデーじゃないですか。だから日頃の感謝と敬意を込めてサソリさんに渡そうと…」
「いい子ちゃんぶるのもいい加減にしろよお前」
「いい子ちゃんぶってません!確かにサソリさんは怖いし性格悪いですけど、だからといって差し上げないわけにはいけませんから!」
「お前さりげなく馬鹿にしてるだろ」

こめかみに青筋を立てて拳を握り締める。

「余計なお世話だ。どっか行け、新聞読むのに邪魔だ」
「ひ、ひどい人!もう、サソリさんなんて知りませんから!」
「はいはいご勝手に」

首根っこを掴む手から逃れえつこは憤慨しながら部屋を出ていった。

バタンと大きな音をたてて閉まったドア。
サソリは机の上の置き忘れたボンボンショコラに視線を移し、しばらく見つめた。
四角くて色とりどりの模様が入ったチョコレートはよく見れば手作りとは思えないほどの出来であった。

「本当に…鬱陶しい女だ」

ボンボンショコラを一つ摘み、口に入れた。ほんのりウィスキーのきいた甘い味が口いっぱいに広がった。






「さ、サソリさんどうしました?熱でもあるんですか?」
「ぶっ殺すぞ」

ホワイトデー当日にサソリから差し出されたのは可愛いらしいパッケージのハンドクリームだった。えつこは突然のことにしばらく呆然としていた。

「これで借りは返したからな」
「でもチョコレートお嫌いだったんじゃ…」
「貰ったもんが何であろうと、礼を返さないほど俺は無作法じゃねぇんだ」

たじろぐえつこにサソリはツンと取り澄ました顔で言ってのける。

「家事する時にどうせ手なんかボロボロなんだろ。それで少しはなんとかしろ」

ハンドクリームを押し付けるなり、踵を返して行ってしまった男に内心少しだけ見直したえつこであった。
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