恋は突き指に似てるって言ったの誰
「イタチさん、待ってください!」
「…どうしたえつこ」

早朝。イタチが今まさに大学へ出かけようとしていた時、えつこがパタパタと割烹着姿で呼び止めた。手には何やら大きめの紙袋を持っている。

「これ、袋持っていったほうが良いんじゃないかと思って」
「……何故だ?」
「鬼鮫さんからお聞きしました。イタチさんは毎年すごい量のチョコを貰うって」

そう言われ、イタチはようやく今日がバレンタインデーだということに気付いた。
なるほど、それで袋を持ってきたのか。
律儀な家政婦に思わずクスリと笑ってしまう。

「…そうだな。折角だから持っていこう」
「は、はい。お気をつけて!」

ぺこりと頭を下げるとそそくさと引っ込んだえつこに今日は一段と慌ただしいなぁと思いながらイタチは暁荘を出た。





いつも通り通学に利用する電車に乗り、席に腰を下ろした時だった。えつこから貰った袋の底に何か入っているのにイタチは気が付いた。
取り出してみると、白のリボンで口を結ばれたハートの柄の透明な袋だった。中が透けて見えるそれには丸い形のガナッシュがいくつか入っていた。

「…えつこのか?」

袋に添えられた小さなメッセージカードには真面目な彼女らしい整った文字で「いつもお世話になっている感謝を込めて えつこ」と書いてあった。

お世話になっているのは自分のほうだというのに。本当に律儀で謙虚な家政婦だ。
イタチは割烹着姿でパタパタ走ってくるえつこを思い返した。不思議と笑いが口元に浮かぶ。

「お返しは何が良いだろうか…」

ラッピングされたガナッシュを自分の鞄にしまいながらそんなことを考えていた。

がたんがたんと電車は動き出した。






「お、お団子?どうしたんですかいきなり…」
「バレンタインの時のお返しだ」

差し出された団子に戸惑うえつこにイタチは平然と答えた。

「あぁ、今日はホワイトデー……っていけません!私そんなつもりで贈ったわけでは…」
「大丈夫だ。味は俺が保証する」

そういうことではなくて…とえつこは言いかけたが、「団子は嫌いだったか?」と心配そうにイタチに覗き込まれて思わず押し黙ってしまった。とびっきりの美形にそんな顔をされて断れる女子がいるだろうか。

「いえ、有り難くいただきます…」
「そうか。良かった」

にこりと微笑んだイタチが眩しすぎてえつこは顔を赤くした。

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