出来るだけたくさんの人間を巻き込み、殺したかった。 なんでそんなことしたいかって?犯罪者になりたいからだ。まぁ普通なら大量殺人なんてしたら刑務所に行って死刑だけど、生憎オレは違う。オレはまだ18歳の未成年。だからたとえ人を殺したとしても少年犯罪として扱われ、施設で何年か適当に作文を書いていればまた普通に社会に戻る。日本の法律ってほんと単純だよなぁ。法律の穴をくぐって犯罪するなんてオレは完全犯罪者に他ならない。 オレの周りは愚鈍な低レベルな奴ばっかりだ。毎日毎日同じことの繰り返し、偉大なことなんて何一つもできない。 世間は最近毎日のように少年犯罪を取り上げてるが、どれも大したことがない。殺しだってせいぜい一人か二人だ。オレはその倍の人数を殺してやるつもりだ。多ければ多いほど罪は重くなるだろう。 どうせ犯罪をするなら派手なことをしたかった。 肝心の殺しの方法をどうするか悩んでいて、パソコンで「大量殺人」とか「凶悪犯罪」とか単語を入れまくってネットサーフィンしていると、気になるページが目に止まった。 「アカツキ自殺用品専門店」 最近なにやら話題になっている自殺の道具を売る店の噂をまとめたページだった。まぁ所詮は都市伝説みたいなものだ。 だが、最近起きたいじめで中学生が自殺し、いじめていた加害者達も次々に自殺した事件…、その裏にどうやらこの店が関わっていたという噂が広まってから、本当に存在するんじゃないかと囁かれ始めた。 このあたりにあるらしいという特定の場所の噂も載っていて、一つ調べて行ってみるかという気になった。存在してるかしてないかは別にどうでもよかった。 無かったらネットの奴らが噂に踊らされる馬鹿だって分かる。 存在していたなら、自殺用品を一つ買う。 もちろん自殺なんてする為じゃない。殺人用の凶器を調達しに行く為だった。 * 「まぁ、最近学生のお客様が多いこと。この前も二名様ほど高校生の方が来られたんですよ」 「はぁ、そうっすか」 「一人は服毒自殺、もう一人は飛び降り自殺でした。最近の若い方は死に急ぐのがお好きなんですねぇ。当店としては嬉しい限りですよ」 「………」 入店するなり、ナマエという「お客様相談係」を名乗る女の店員はそうべらべら話始めた。人が死んだ話をニコニコ笑ってするとか、気持ちが悪い女だと思った。 しかしアカツキ自殺用品専門店は確かに存在していた。店の中はリスカ用の剃刀や首を吊るためのロープ、頭を打ち抜くための拳銃なんかが置いてある。まさに店そのものが武器倉庫みたいなもんだ。 俺の他には陰気そうな顔をしたオヤジやオバサンが四人か五人、店の中を品定めするようにうろうろしていた。 ……自殺用品専門店なんて馬鹿みたいだ。客も客だ、簡単に凶器が手に入るのになんでホイホイ馬鹿正直に死ぬんだか。 「あの、オレ今日死ぬ道具買いに来たんすけど」 「あぁ…失礼致しました、勝手に喋りすぎてしまいましたね。学生の方の自殺ですと最近は飛び降り自殺が人気ですよ、あっでも一般的には首吊り自殺が一番人気なんですが…」 「いや、あの、そういう地味なの良いんで。もっとハデで凶器とか使うの無いんすか?」 またべらべら話始めそうだった女を遮る。 飛び降りは凶器使わねーし、首吊りも凶器はロープとかだろ?地味だし却下だ。 「あぁ〜…そうですねぇ…」と女店員は大げさに考えるポーズをして眉を下げた。 「凶器を使うものですと、剃刀かロープ系などのものしかあまりお勧めできませんねぇ」 「は?何でですか」 「未成年のお客様にはあまり銃や刀などの凶器は積極的にお勧めできないよう、当店では規則がありまして、」 「規則とか何すかそれ、意味わかんね」 店員の長い説明にイライラして思わず近くの棚の脚を軽く蹴った。 何が規則だよ、店側の勝手な決めつけだろーが。 「ですから、未成年の方は規則で…」 「何が規則だよ、オレは客だぞ客!店員なら黙って客の言う通りにすんのが普通だろーがよ!」 「あのですねお客様、」 「お喋りは良いからさっさと注文に応えろよ!お客様は神様だろうが!」 「………」 怒鳴りつけるとビビったのか女店員はしばらく無言になった。 そして二回、三回と瞬きをしたかと思うと「承知致しました」と軽く頭を下げた。 「あまり普段はお勧めはしないのですが、今回は特別です。…爆死で如何でしょうか? 「爆死って……爆弾?」 「ええ、そうです」 爆弾…?なるほどそうか。オレはひらめいた。 一発でめっちゃ人殺せるし。銃やナイフなんかよりずっと良い。すっと頭から怒りが消えて、代わりに笑いが溢れるのが分かった。 「爆弾とか何それ良いじゃん。それでいいわオレ」 「……かしこまりました」 にこりと微笑んで女店員は店の奥を振り返って「デイダラさーん」と声をかける。しばらくすると何やら馬鹿でかい箱を抱えて、別の店員がやってきた。 長い金髪を頭の高い位置でひと括りにした、オレと同い年くらいの野郎だ。 「ナマエ!オイラを呼んだってことは…やっと出番かい?うん?」 「えぇ、そうです。こちらのお客様が至急、爆死をお望みで」 「くる依頼がほとんど副担の飛び降り自殺ばっかりだったからな!あぁ、久々にアートできるのかぁ…!」 うんうんうん!と勝手に一人で頷く金髪の店員は心底楽しそうにしている。他人の爆死を嬉しがるなんて、こいつキチガイじみてないか? 自殺用品なんて売ってる店だ。店員も頭がまともな奴なんていないのかもしれない。 …しかしこいつも話長ぇな。 ぺらぺらといつまでも喋ってる金髪店員に思わず舌打ちをする。 「つーか、爆弾あるなら早く出してくれます?」 「あ?人が芸術語ってる時にお前、」 「デイダラさん、お客様に失礼ですよ。早く爆弾をご用意して差し上げないと」 女店員がタイミング良く割って入って宥めた。金髪は不機嫌そうに顔を歪めて静かになる。 「……はいはい、分かった分かった…」 舌打ちを返してきて思わずイラッときたが、箱の中から大人しく爆弾らしきものを手渡してきたから見逃してやることにした。 ずしっと手に持つと案外重い、黒い箱のような形をしていた。コードレスのリモコンみたいな物が付いていて、おそらくこれで操作するんだろう。 「扱いには気をつけろよな。一度作動したら解除はリモコンでもまず出来ないぜ…うん」 「……すっげ…これで人が一発で…」 「軽くコンクリの建物くらいなら半壊だな…うん。安心しろ、すぐに即死できる」 誰が死ぬかよ馬鹿が。 こんな殺人兵器使わないでどうする?あぁ…学校にセットしたら何人殺せるだろう。 オレはそう考えるだけでにやけ顔が抑えられない。 「楽しそうにしているところ失礼致します。…そちらの商品をお買い上げなさる前にこちらの契約書に同意して頂けますでしょうか」 「……は?なに、契約書?」 「お名前だけサインして頂けるだけで結構ですので」 女店員が差し出してきた紙きれには何やら長ったらしい文章が書かれていて、読む気はしなかった。 どうせ大した内容じゃない、保証書みたいなもんだろ? オレは紙きれをひったくって名前をさっさとサインした。これでこの殺人兵器はオレの物だ。 「契約書…確かにお預かり致しました。お客様が安心安全で心良い旅立ちができますよう、願っております」 女店員は契約書を受け取り、微笑んだ。 * 自殺用品専門店で買った爆弾。 次の日の朝、オレはそれを学校の屋上にセットした。一番人が集まっているだろう昼間に爆破するためだ。 そして、オレは校舎から離れた廃校舎のほうで爆弾のスイッチを握っている。固くて無機質な感触が掌に馴染む。起爆ボタンにそえられた親指が僅かに震える。 このたったひと押しでどれだけの人間が吹き飛ぶのだろう。そう考えただけで鳥肌が立った。 校舎からはざわざわと昼休みの喧騒が響いている。青い空、白い雲、広い校庭。この景色が全てオレの手でめちゃくちゃに壊される。 馬鹿な人間どもざまあみろ、ざまあみろ、ざまあみろ!! 「どっかーん」 オレはスイッチを押した。 * 男は起爆スイッチを押した。 しかし男はすぐに異変に気付いた。 いくら経っても爆発音どころか、悲鳴の一つも聞こえはしなかったのだ。 恐る恐る目を開ければ、目の前には校舎が無傷でそびえ立っている。 賑やかな生徒達の喧騒も消えてはいない。 不発…?いや、そんなはずはない。一度起爆ボタンを押したらリモコンでも解除は不可能なほどだ。不発なわけが。 「お客様」 聞こえるはずのない声に、男は耳を疑った。振り返ると、そこには黒い影が二つ立っていた。 「またお会い致しましたね、お客様」 にっこりとナマエに微笑みかけられ、そこで男は意識を失った。 * 目を覚ますと男は縛り付けられていた。 口には猿轡、全身には頑丈なロープとガムテープ。 そして胸のあたりには四角く、重厚な機械の箱……爆弾が備え付けられていた。 「おいナマエ、スパナ取ってくれ…うん」 「はい、どうぞデイダラさん」 くぐもった声をあげている男の声を無視して、爆弾装置の最終チェックをするデイダラ。そして傍らで笑みを絶やさず手伝いをする ナマエ。 二人の黒革の手袋の一挙一動に自分の生死が関わっていると思うと、男の洟と涙は止まることを知らなかった。 「こうやって違反者が出やすいから面倒くさくて嫌なんですよねぇ…、爆弾って」 「てめぇナマエ!文句言ってねぇで手動かせ、うん!……つーか、違反者多いのは飛段担当の銃刀も一緒だろうが」 「はいはい、失礼致しました」 雑談をしながらもてきぱきと仕事をこなし、やっと爆弾の作業は終わった。 ナマエは立ち上がると同時に、男の猿轡を外した。涎まみれの口から荒い息が漏れる。 「……ッなんで、なんでお前らがここにいるんだよ!!?つか爆弾、これ、外せ!外せよ!!」 「申し訳ございません、お客様。規則ですのでその要望は聞き入れることができません」 僅かに眉を下げるナマエ。しかし声色は普段通りに明るい。 ナマエはスーツのポケットに手を入れると、一枚の紙を男の目の前に突きつけた。男はそれに見覚えがあった。 爆弾を買った時にサインした契約書だった。 「『禁止事項…一つ、購入された商品を自殺以外の目的での使用。 二つ、商品の返品、または自殺の中止(三日以内に自殺を実行できないお客様はアフターサービスに伺わせて頂きます)』 …この禁止事項を守るお約束をお客様は違反しました。よってこうしてわたしとデイダラさんがアフターサービスに来たわけです」 「は…?アフター、サービス…?」 ぞわぞわと嫌な予感と寒気のようなものがこみ上げてくる。男はぱくぱくと酸欠の金魚のように口を動かすことしかできなかった。 ナマエはえぇそうですよと頷いた。 「自殺できなかったお客様を、わたし達従業員自らが「自殺」させて頂くサービスです」 蒼穹を背にして立つ黒スーツの影は、彼には死神に見えた。 「ふ、ふざけんなよ!!大体、何が自殺用品専門店だよ!殺人道具売りつける間接的な殺人犯じゃねぇか!てめぇらみてぇなクズ、すぐに法で裁かれるに決まってる!!」 唾をとばして怒鳴り散らす男。それを見下げてはぁ?と小馬鹿にしたように首を傾げるデイダラ。お多福の笑みを絶やさないナマエ。 「殺人と一緒にされるなんざ心外だな…うん。」 「失礼ですがお客様、それは大きな大きな間違いでございます」 「……は?」 「わたし達はお客様に自殺の「手段」を提供しているだけ。死ぬのはお客様自身が選択し、決断し、実行なさったからです」 つまり殺人ではありません、そうでしょう? そう言うとナマエの笑みがぐっと深くなった。 「だから与えた「手段」を無下にしたり、お前みてぇに殺人兵器に使う無粋な輩は芸術的じゃねぇ。……よって、自殺をさせるってわけだ…うん」 「は!?待てよ、自殺ってこれ、完璧にひとごろ、」 「あー、そろそろ五月蝿いなコイツ」 反論しようとする男の口に、デイダラが猿轡をねじ込み再び蓋をさせた。 同時に爆弾装置のデジタル時計に赤文字が表示される。3分からカウントダウンは始まった。 男は思わず目を剥いた。悲鳴をあげようとするが猿轡のせいでくぐもった醜い声しか出ない。デイダラはそれを見やってフンと鼻を鳴らした。 「あぁ?死にたくないって?……自殺用品専門店に来た奴が今更なに言ってんだよ…うん」 続けてナマエは叫び声をあげ続ける男へ深々とお辞儀をした。 「お客様、今回はアカツキ自殺用品専門店を御利用くださりありがとうございました」 それでは、永遠の安らかな死出の旅路を。 男の涙に濡れた視界で、女の顔はにっこりと柔和で朗らかな笑みを浮かべていた。ただ目だけは鈍い光を放ち、これっぽっちも笑ってはいなかった。 「それでは、永遠にさようなら」 黒い二つの影は慟哭する男を背にして廃校の扉を閉めた。 「どっかーん」 『あらゆる生あるものの目指すところは死である』 フロイト 20150203 |